慶安事件(読み)けいあんじけん

精選版 日本国語大辞典 「慶安事件」の意味・読み・例文・類語

けいあん‐じけん【慶安事件】

  1. 慶安四年(一六五一)、由井正雪、丸橋忠彌らが江戸幕府の転覆を企てた事件。市中にあふれる浪人を集めて、江戸・駿府・京都・大坂で反乱を起こす計画が未然に発覚し、正雪は駿府で自刃、一味は逮捕された。慶安の乱。慶安の変。由井正雪の乱。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「慶安事件」の意味・わかりやすい解説

慶安事件
けいあんじけん

1651年(慶安4)7月、軍学者由比正雪(ゆいしょうせつ)が企てた反乱が未然に鎮圧された事件。慶安の変、由比正雪の乱ともいう。幕府の記録が伝わっていないため全貌(ぜんぼう)は謎(なぞ)に包まれているが、計画の骨子は、(1)首魁(しゅかい)の正雪は駿河(するが)久能山(くのうざん)の金蔵を襲ったのちに駿府(すんぷ)城を奪取する(2)一味の丸橋忠弥(まるばしちゅうや)は江戸・小石川塩硝蔵(えんしょうぐら)など江戸各所に放火、また上水道に毒を投入し、市中の混乱に乗じて紀州徳川家と偽って江戸城に潜入し、これを奪取する(3)京都、大坂でも一味の者が放火などで騒動を起こす、というものであったと伝えられる。正雪は7月22日に江戸をたって駿府に向かったが、その翌日には計画は露顕し、忠弥は江戸で召し捕られ、正雪の一行は駿府町奉行(まちぶぎょう)の捕り手に宿を包囲されて自害した。そのほかの一味も全国に張られた幕府の網に捕縛され、あるいは自害し、8月10日、一味とその親族35人の処刑で一件は落着した。

 正雪が計画に引き入れた浪人は2000人と伝えられるが、この程度の人数で城を乗っ取るのは現実性に欠けており、そこに紀州家徳川頼宣(よりのぶ)と正雪との関係が後世に云々(うんぬん)される素地があった。家康の子である頼宣は、この年の4月に11歳で将軍となった家綱に次いで将軍となる資格があり、また反幕的言動でとかくの風評があったからである。次に反乱の目的については、正雪の遺書の写しが捕縛関係者によってつくられ、流布(るふ)している。それによれば正雪は、同じ7月に幕閣を糾弾して処罰された先の三河刈谷(かりや)城主松平定政(さだまさ)の志を継ぎ、「天下之制法無道にして上下困窮」という事態を打開する意図があったと述べている。これと参加者の多くが浪人であったことから、正雪の目的が、当時30万~40万と推計されている武士の浪人問題の解決にあったという見方が、現在の通説となっている。しかし、この推計は過大であり、支持しがたい。ただ確かなのは、この計画が放火、水道への毒投入など優れて都市型である点である。幕初から江戸には若党(わかとう)・中間(ちゅうげん)など武家の渡り奉公をする人口が集中し、彼らに特有の傾(かぶ)き者(もの)の都市問題が発生していた。なかんずく慶安のころは、旗本の困窮と江戸城など大型普請(ふしん)の途絶によって雇用の機会を奪われた江戸下層人口の不満は、一触即発の状態にあったと思われる。これらの雇用主のない渡り者も、当時の用語では浪人であったのであり、この浪人の問題が狭い意味での「歴々の武士の浪人」問題と受け取られたのが、後世の正雪伝承と考えられる。

高木昭作

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改訂新版 世界大百科事典 「慶安事件」の意味・わかりやすい解説

慶安事件 (けいあんじけん)

1651年(慶安4)7月に発覚した浪人らによる幕政批判の騒擾(そうじよう)事件。首謀者は由井正雪丸橋忠弥,金井半兵衛,熊谷市郎兵衛ら。慶安の変,由井正雪の乱ともいう。関ヶ原の戦以後,江戸幕府は多くの大名改易あるいは減封したため,多数の浪人が発生した。一方,元和偃武(げんなえんぶ)以降,ことに寛永期(1624-44)を迎えると諸大名家での家臣召抱えが控えられるようになり,職を求める浪人がちまたにあふれ,浪人問題は大きな社会問題となってきていた。51年4月,3代将軍徳川家光が死に,幼少の家綱がその跡を継ぐことになるが,その直後に三河刈谷の城主松平定政が旗本救済を求めて領地を返上,遁世する事件が起こるなど政情不安の中で,江戸で軍学者として名声を得ていた由井正雪は,浪人救済をかかげ,江戸,駿府,京,大坂で騒動を起こすことを計画し,みずからは駿府に下り,久能山に納められた家康の遺金を奪取し,そこにこもって騒動を指揮しようとした。しかし,密告によって計画が事前に幕府に知れ,7月22日には江戸で丸橋忠弥が捕縛され,また正雪も駿府の宿梅屋で駿府町奉行の手のものに取り囲まれたため,7月26日仲間とともに自害した。その後,一味・縁類に対するきびしい探索が行われ,多数のものが捕らえられ,少なくとも三十数名のものが処刑された。

 ところで,正雪が自害に際して書き残した遺書には,このくわだては,天下を乱すためでなく,上下の困窮を救済するために天下の政道を改めようとして計画されたことが述べられている。この事件は,浪人問題の重要さを幕閣に知らしめ,浪人発生の主因である大名改易を緩めるなど,幕府の浪人政策を一変させた。また,この事件は,歌舞伎《樟紀流花見幕張(くすのきりゆうはなみのまくばり)》(《慶安太平記》)の題材となっている。
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百科事典マイペディア 「慶安事件」の意味・わかりやすい解説

慶安事件【けいあんじけん】

慶安4年(1651年)に発覚した由比正雪丸橋忠弥らの浪人による幕政批判の騒擾(そうじょう)事件。幕府による多数の大名の改易・減封が続いて多くの浪人が生じ,一方元和偃武(えんぶ)以降,家臣召抱えが控えられるようになった。浪人の増大は社会問題となっていたが,由比らは江戸市中にあふれた不満浪人を背景に,事を起こそうとした。計画が事前にあらわれ,正雪は切腹,忠弥は捕らえられた。連累者は2千余名。以後,幕府は養子縁組の制をゆるめて大名家断絶の機会を少なくし,浪人の発生を防いだ。→末期養子
→関連項目承応事件徳川家綱松平信綱浪人

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「慶安事件」の意味・わかりやすい解説

慶安事件
けいあんじけん

由井正雪丸橋忠弥を首領とする牢人 (浪人) らが,慶安4 (1651) 年,江戸幕府を転覆しようとした陰謀事件。3代将軍徳川家光のときまでは,いわゆる武断政治が行われた結果,各大名の取りつぶしによって牢人が続出。また慶安年間 (48~52) には大地震や洪水が続き,世上は極度に不安の相を呈した。さらに家光が死に,家綱が幼少で将軍となり,幕政も空白の状態にあった。このような社会情勢にあって,当時の幕政を快く思っていなかった牢人らの不満が爆発したのがこの事件である。一味のなかに内通者があって事前に幕府の知るところとなり,正雪は静岡で自殺し,一味は壊滅した。以後このような反乱はみられず,幕藩体制は安定の方向に向った。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「慶安事件」の解説

慶安事件
けいあんじけん

由比(ゆい)正雪の乱とも。1651年(慶安4)由比正雪・丸橋忠弥・金井半兵衛らによって計画された反乱未遂事件。同年4月の3代将軍徳川家光死去からまもない7月23日,江戸で密告をうけた町奉行が牢人丸橋忠弥を逮捕尋問したところ,正雪を首謀者とする駿河国久能山(静岡市)乗取り,江戸・上方での騒乱などによる幕府の転覆計画を自白。同月26日,正雪は駿府の旅宿で捕手(とりて)に包囲され自殺。8~9月に関係者の大量逮捕と処刑が行われた。事件の原因については諸説あるが,幕府の牢人処遇への不満が主要な動機との説が有力。幕府は事件後,牢人の救済や,牢人の発生源である大名改易を減らすために,末期(まつご)養子禁止の緩和などを行った。

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旺文社日本史事典 三訂版 「慶安事件」の解説

慶安事件
けいあんじけん

江戸前期,由井正雪ら牢人が企てた陰謀事件
慶安の変・由井正雪の乱ともいう。幕府成立当初の武断政治で多くの大名が取りつぶしにあい,生活窮乏の牢人が増加。1651年,3代将軍徳川家光の死を機に,丸橋忠弥 (ちゆうや) らは江戸城を,正雪らは駿府城を奪い,金井半兵衛らは大坂で騒乱をおこして,幕府の政道を改めようとしたが,計画がもれて鎮圧された。幕府はこの事件後牢人対策を重視し,末期 (まつご) 養子の禁を緩和し,大名の改易を減じるなど牢人の発生を防ぐ政策をとり,文治政治転換への一契機となった。

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世界大百科事典(旧版)内の慶安事件の言及

【丸橋忠弥】より

…江戸前期の浪人。慶安事件の参加者の一人。俗書では出羽の人とするが,下級幕臣の子であったと思われる。…

【山鹿素行】より

…この願望は終生続いたが達せられなかった。1652年(承応1)から60年(万治3)まで赤穂浅野家に仕えたのは,慶安事件などで浪人の取締りがきびしくなったからであろう。素行の兵学は近世のそれが軍法(戦技,戦術)から士法(武士のあり方)へと重点を移してきたのにそって,儒学を基礎として〈士〉としてのあり方を中心に説かれ,みずから武教と称した。…

【由比正雪(由井正雪)】より

…江戸前期の浪人軍学者。慶安事件の首謀者。駿河由比の紺屋の子として生まれたとも,駿河宮ヶ崎の生れともいわれる。…

※「慶安事件」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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