コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

慶運 けいうん

9件 の用語解説(慶運の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

慶運

南北朝時代の歌人・天台宗の僧。浄弁の子。二条為世の弟子で和歌四天王の一人。青蓮院尊円・尊道法親王に仕え、法印に叙せられる。晩年は冷泉為秀に近親した。家集に『慶運法印集』『慶運法師百首』がある。70余才で寂したという。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

きょううん〔キヤウウン〕【慶運】

[?~1369ころ]南北朝時代の歌人。法印。僧浄弁の子。頓阿・兼好・浄弁とともに、和歌の四天王といわれた。家集に「慶運法印集」がある。けいうん。

けいうん【慶運】

きょううん(慶運)

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

慶運 けいうん

?-1369ごろ 南北朝時代の歌人,僧。
浄弁の子。天台宗。尊円,尊道の両入道親王につかえ,法印となる。頓阿(とんあ),吉田兼好,父浄弁とともに二条為世(ためよ)門下の和歌四天王とよばれた。二条派の中では重視されず,晩年は冷泉(れいぜい)為秀の門人となった。応安2=正平(しょうへい)24年ごろ死去。「きょううん」ともよむ。歌集に「慶運百首」「慶運法印集」など。

慶運 きょううん

けいうん

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

慶運

没年:応安2/正平24.6以降(1369)
生年:永仁年間?(1293~99)
鎌倉・南北朝時代の歌人。名は「きょううん」とも。父は法印浄弁。早くに出家し,正和4(1315)年『花十首寄書』以来の歌壇活動が知られる。康永3/興国5(1344)年10月『金剛三昧院奉納和歌』に出詠。翌年には二条為定より古今伝授を受ける。能誉に代わり,父浄弁,頓阿,兼好と並ぶ二条為世門の和歌四天王とされるが,狷介な性格もあってか頓阿とは不仲で,長高く古風な歌風も二条派のなかでは異質である。青蓮院の尊円・尊道法親王に仕え,祇園別当目代を度々勤めている。『拾玉集』の編纂にも関与した。晩年は冷泉為秀に親近し,今川了俊,二条良基の評価も得ている。家集『慶運法印集』『慶運百首』がある。

(田仲洋己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

けいうん【慶運】

南北朝期の歌僧。〈きょううん〉ともいう。生没年不詳(1370年代に70余歳で没か)。父は法印浄弁。青蓮院に仕え,後に法印に至る。吉田兼好,頓阿,浄弁とともに二条派為世門の和歌四天王の一人。貴顕の信望を得て公武歌界で活躍したが,生前は勅撰集に2首入集のみ(死後17首)で,孤高不遇だった。歌集に《慶運法師百首》《慶運法印集》(305首)があり,《骸骨の絵の賛》を書く。〈庵結ぶ山の裾野の夕雲雀あがるも落つる声かとぞ聞く〉(《新後拾遺集》)。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

けいうん【慶運】

南北朝中期の僧。浄弁の子。二条派の歌人で浄弁・頓阿・吉田兼好とともに和歌四天王の一人。「風雅和歌集」以下の勅撰集に一八首入集。「慶運法師集」「慶運百首」がある。きょううん。生没年未詳。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

慶運
けいうん

南北朝時代の二条派の歌僧。「きょううん」とも読む。浄弁の子。正平 24=応安2 (1369) 年 70歳頃まで生存。頓阿,兼好,浄弁とともに南北朝期の和歌四天王の一人。「高野山金剛三昧院奉納短冊」の人数に入り,正平7=文和1 (52) 年関白良基の百首に列しているが,生存中の勅撰集には1首も入らず,不遇であった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の慶運の言及

【慶運】より

…貴顕の信望を得て公武歌界で活躍したが,生前は勅撰集に2首入集のみ(死後17首)で,孤高不遇だった。歌集に《慶運法師百首》《慶運法印集》(305首)があり,《骸骨の絵の賛》を書く。〈庵結ぶ山の裾野の夕雲雀あがるも落つる声かとぞ聞く〉(《新後拾遺集》)。…

※「慶運」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

慶運の関連キーワード藤原為定雲山智越永福門院内侍恭翁運良国久邦省親王家少将実円絶巌運奇東氏村白翁宗雲

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone

慶運の関連情報