鎌倉後期の隠者で歌人、随筆家。俗名卜部兼好(うらべのかねよし)。その名を音読して法名とした。後世「吉田兼好」とよばれている。吉田社を預る家の庶流に生まれた。父は治部少輔(じぶしょうゆう)兼顕(かねあき)、兄弟に大僧正慈遍、民部大輔兼雄がいる。『卜部氏系図』によると兼好は三男であるが、彼ら兄弟の年齢順ははっきりしない。兼好は源(堀川)具守(とももり)の諸大夫(しょだいぶ)となり、後二条(ごにじょう)朝に仕えて六位蔵人(くろうど)から左兵衛佐(さひょうえのすけ)に至ったが、30歳前後に遁世(とんせい)した。厭世(えんせい)思想に動かされたためかと思われるが、その具体的事情は不明。以後、修学院、横川(よかわ)などに隠棲(いんせい)して修行を重ね、40歳代になって都に復帰した。住居は洛西(らくせい)双ヶ丘(ならびがおか)の中央に位置する丘の西麓(せいろく)の草庵(そうあん)というが、確証を欠く。
文化人としての兼好は中世の文献に「和歌数奇者(すきもの)(風流人)」(園太暦(えんたいりゃく))、「能書(達筆)、遁世者」(太平記)などとして出るが、活躍の中心は和歌にある。師は当時の歌壇で重きをなした二条為世(ためよ)で、42歳のときに彼から『古今集』に関する家説の授講を受けた。邦良(くになが)親王の歌会をはじめ、各種の歌会、歌合(うたあわせ)に参加、1344年(興国5・康永3)足利直義(あしかがただよし)勧進の『高野山(こうやさん)金剛三昧院(こんごうさんまいいん)奉納和歌』の作者ともなっている。作品は『続千載集(しょくせんざいしゅう)』以下の7勅撰(ちょくせん)集に18首、私撰集『続現葉集』に3首とられ、自撰の『兼好法師集』(1343ころ成立か)がある。「手枕(たまくら)の野辺の草葉の霜枯に身はならはしの風の寒けさ」(『新続古今集』)が有名で、これにちなんで「手枕の兼好」などとよばれた。没年はかつて1350年(正平5・観応1)とされていたが、翌々年8月の『後普光園院殿(二条良基(よしもと))御百首』に加点しているので、その年時以後の死ということになる。没した場所は、伝承によると、伊賀(三重県)の国見山の麓(ふもと)とも、木曽(きそ)の湯舟沢ともいうが、不明。
残した業績として、和歌以外に随筆『徒然草(つれづれぐさ)』があり、『古今集』『源氏物語』など古典の書写・校合などもしている。歌人兼好は、頓阿(とんあ)、慶運、浄弁とともに為世門下の代表的草庵歌人を称する「和歌四天王」の一人に数えられているが、「兼好は、この中にちと劣りたるやうに人々も存ぜしやらん」(『近来風躰抄(きんらいふうていしょう)』)と評されており、現代でも評価が高いとはいえない。本領は、生前には知られなかったと思われる『徒然草』によってみるべきであろう。この作品は、1330年(元徳2)11月から翌年10月までの間に比較的短期間で書かれたかとする説が有力であったが、近年疑問視され、青年時から晩年まで、断続的に書き継がれたかともいう。したがって、ここには長年にわたる兼好の変化、屈折などが示されているかもしれないが、彼の才質、個性、教養の特徴はかなりうかがえる。それによると兼好は、鋭い批評眼とユーモアをもち、万事に旺盛(おうせい)な好奇心を向けて人間理解に冴(さ)えをみせる人物であったようである。発心遁世を説き、求道(ぐどう)の生活を勧めるが、単なる遁世者にとどまらず、王朝期を追慕して古典的価値観に生きつつ、新時代の胎動を聞き落としていない。交友関係も僧俗貴賤(きせん)と幅広く多彩にわたり、高師直(こうのもろなお)ら東国武将に奉仕することもあったらしい。一事にとらわれない自由な生き方は、すこぶる特徴的で、今日の評論家ないしジャーナリストの源流にも位置づけられよう。
[三木紀人]
『冨倉徳次郎著『卜部兼好』(1964・吉川弘文館)』▽『安良岡康作著『徒然草全注釈』上下(1967、68・角川書店)』▽『三木紀人著『鑑賞日本の古典10 方丈記・徒然草』(1980・尚学図書)』
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…鎌倉末~南北朝期の歌人,随筆家。本名は卜部兼好(うらべのかねよし)。出家ののち俗名を兼好(けんこう)と音読して法名とした。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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