雌雄の生殖腺(せん)から分泌され、生殖器の発育を促し、その機能を維持し、さらに雌雄の性徴を発現させるホルモンをいう。性ホルモンには雌性ホルモン(女性ホルモン)である卵胞ホルモン(発情ホルモンestrogens)および黄体ホルモン(gestagens、progestins)と、雄性ホルモン(男性ホルモンandrogens)がある。性ホルモンは脊椎(せきつい)動物だけにみられ、無脊椎動物では生殖腺から分泌される性ホルモンは知られていない。ただし、下等生物の真菌類や藻類で、造精器や造卵器などから分泌される物質を広い意味で性ホルモンという場合もある。雄(男性)では精巣中の間細胞からテストステロンが、雌(女性)では卵巣中の卵胞からエストラジオール、エストランが、黄体や胎盤からプロゲステロンが分泌される。副腎(ふくじん)皮質からも性ホルモンの作用をもつ物質が分泌される。また発生の途上、雌雄の性ホルモンのバランスで性が決まる例も知られている。性ホルモンは大部分がステロイド系の物質であるが、天然には存在しない合成ステロイドや、ステロイドと関係のない化学物質でも似たような作用を示すものが多く知られている。雌雄の性ホルモンの分泌は、ともに下垂体由来の生殖腺刺激ホルモンによって調節されており、性周期や妊娠期間が一定になるようにできている。
[菊池韶彦・小泉惠子]
炭素数19個のステロイド化合物で、精巣(睾丸(こうがん))中の間細胞から分泌される。下垂体前葉から分泌されるペプチド性の間細胞刺激ホルモンの支配を受けている。雄性ホルモン(男性ホルモン)は雄性生殖器の発育と雄の性徴の発現を行っており、ホルモンの効果判定にはニワトリのとさかの発育度が使われた。このほか、組織や細胞でタンパク質の合成を盛んにする作用があり、尿中への窒素の排出量が減り、体重の増加や骨格筋の発達がみられる。雄性ホルモンの主成分は精巣から分泌されるテストステロンで、その代謝産物のアンドロステロンや副腎皮質ホルモンのアドレノステロンも雄性ホルモンとしての作用をもっている。
精巣は黄体ホルモンおよび卵胞刺激ホルモンの刺激によりコレステロールからテストステロンを合成する。また、副腎皮質由来のアンドロステンジオンを取り込みテストステロンを産生する。脂溶性のテストステロンは標的細胞膜を通過して細胞質のアンドロゲン受容体に結合した後に核内に移行して標的遺伝子の転写を促進する。
[菊池韶彦・小泉惠子]
雌性ホルモン(女性ホルモン)には卵胞ホルモンと黄体ホルモンの2種があり、それぞれ下垂体前葉に由来するポリペプチド性の卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンの作用により、卵巣中の卵胞や黄体から分泌される。黄体形成ホルモンは、前述の間細胞刺激ホルモンと同一物質である。卵胞ホルモンは炭素数18個のステロイド化合物で、エストロン、エストラジオール、エストリオールなどがある。これらは雌性(女性)性器系統を発育させ、かつ二次性徴の発達、月経周期における子宮内膜層の増殖を促す。黄体ホルモンは炭素数21個のステロイド化合物で、プロゲステロンが代表的な例である。このホルモンは子宮に妊娠準備状態を誘導する機能をもつ。これらの2種の雌性ホルモン(女性ホルモン)と、その分泌を促す2種の生殖腺刺激ホルモンが互いに協調あるいは拮抗(きっこう)することにより、一定した性周期や妊娠期間が維持されている。
[菊池韶彦・小泉惠子]
性周期(月経周期)は卵巣内で卵胞が成熟することから始まる。下垂体の卵胞刺激ホルモンは卵胞に作用して卵胞の成熟を促進し、卵胞ホルモンを分泌させる。卵胞ホルモンは子宮の内壁を肥厚させ、子宮の働きを活発にし、同時に下垂体に作用して黄体形成ホルモンの分泌を促す。成熟した卵胞は壊れて卵を排出し、黄体となる。この黄体に下垂体から分泌された黄体形成ホルモンが作用し、黄体は発育して黄体ホルモンを分泌する。一方、黄体ホルモンは卵胞ホルモンと協同作用をして子宮の内壁を維持し、受精卵が着床しやすいように準備する。また、下垂体に作用して卵胞刺激ホルモンの分泌を抑制し、黄体のあるうちに次の卵胞が成熟するのを防ぐ。受精卵が子宮に着床せず、妊娠が成立しない場合には黄体がしだいに萎縮(いしゅく)し、発達した子宮壁は崩壊して月経となって排出される。黄体が消滅して黄体ホルモンの分泌が止まると、ふたたび下垂体の卵胞刺激ホルモンが作用し始め、新しい卵胞が形成されて次の性周期が始まる。ヒトの場合は、この一周期がだいたい28日である。
[菊池韶彦・小泉惠子]
受精卵が子宮壁に着床して妊娠が成立すると、黄体は妊娠黄体となって妊娠終了まで維持され、盛んに黄体ホルモンを分泌する。黄体ホルモンは卵胞ホルモンとは拮抗的に働き、子宮の生理作用を抑え、下垂体の生殖腺刺激ホルモンの分泌を抑制する。妊娠の後期には、黄体ホルモンと卵胞ホルモンは下垂体前葉の乳汁分泌ホルモンとともに働き、乳腺の発達および乳汁の分泌を促す。なお妊娠中には、黄体ばかりでなく胎盤からも黄体ホルモンが分泌され、妊娠の維持がいっそう完璧(かんぺき)となる。
[菊池韶彦・小泉惠子]
『第14回「大学と科学」公開シンポジウム組織委員会編『ステロイドホルモンと脳科学――性・ストレス・脳をめぐって』(2000・クバプロ)』▽『井沢鉄也編著『運動とホルモン――液性因子による調節と適応』(2001・ナップ)』▽『江口保暢著『ホルモン発達のなぞ――環境ホルモンを理解する近道』(2002・医歯薬出版)』▽『鬼頭昭三著『脳を活性化する性ホルモン――記憶・学習と性ホルモンの意外な関係』(2003・講談社)』▽『植松俊彦他編『シンプル薬理学』改訂版(2004・南江堂)』▽『田中千賀子他編『NEW薬理学』(2007・南江堂)』
主として性腺(生殖腺)から分泌され,生殖系の発達を促進・維持し,二次性徴の発現その他をもたらすホルモンの総称。発生初期には性腺の分化にも関係する。性ホルモンは雄性ホルモンまたは男性ホルモンと雌性ホルモンまたは女性ホルモンに二大別されるが,いずれもステロイドホルモンである。近年,生体内には存在しないが,性ホルモンと同じ作用をもつ合成物質がいくつも作り出されており,これらを含めた総称として性ホルモン物質sexogenという言葉が用いられる。なお,無脊椎動物においても,甲殻類の造雄腺から分泌される雄性ホルモンなどが知られている。
性ホルモンは,主として睾丸および卵巣(男女の性腺)から分泌され,血行に入って男女性器および全身に作用する。思春期ころから性腺の活動が始まり,性ホルモンの直接標的臓器である,男子の陰茎,陰囊,前立腺,精囊,女子の子宮,卵管,腟,陰唇に作用して発育を促す。一方,全身作用として男子の骨格筋,声帯などに働き,二次性徴(男らしさ)の完成をもたらす。女子の二次性徴(女らしさ)は乳房の発達,皮下脂肪の沈着などで代表され,陰毛の発生分布状態は男子と異なる。
男性ホルモンは睾丸の間質細胞(ライディヒ細胞)で主として合成,分泌される。ヒトでは,胎生期にも男性ホルモンが分泌され,胎児の性分化に関与する。テストステロンが睾丸から分泌される男性ホルモンで,コレステロールから合成される。このほかに副腎皮質から分泌される男性ホルモンとしてデヒドロエピアンドロステロン,アンドロステンジオンなどがあるが,そのホルモンとしての生物活性は弱い。また卵巣からも男性ホルモンが分泌される。テストステロンの分泌は,脳下垂体前葉のゴナドトロピンによって調節されているが,一方テストステロンはゴナドトロピンの分泌を調節し,互いにそれぞれの分泌を規制し合う関係にある。男性性器に対する作用のほかに,男性ホルモンはいわゆるタンパク質同化作用を発揮し,肝臓,腎臓,骨,筋肉などにも働く。睾丸では思春期以後精子形成が行われるが,このためにゴナドトロピン(とくにFSH)とともにテストステロンが必要とされている。男性ホルモンがその作用を発揮するためには,細胞に男性ホルモンと特異的に結合する受容体(レセプター)の存在することが必須条件である。この受容体が欠損している状態のときは,睾丸からテストステロンが分泌されても,性器の正常な発育,二次性徴の発現がみられず,女性形となる(睾丸女性化症候群)。
女性ホルモンは主として卵巣の卵胞,黄体で合成,分泌される。大別してエストロゲンとプロゲステロンとがある。成熟婦人の卵巣は特有な周期変化をしている。脳下垂体前葉のゴナドトロピンの支配下に,一つの卵胞が漸次大きく成熟していくと,ここで産生,分泌されるエストロゲン(エストラジオールとエストロンが主体)がしだいに増量して,排卵直前にピークに達する。排卵期に一時低下したエストロゲンは,その後,黄体形成に伴って再び分泌が増加する。これと並行して,プロゲステロンも黄体から分泌されてくる。通常,月経周期は28日,黄体期は14日で,黄体期の終りにはエストロゲンとプロゲステロンの分泌が低下していき,月経が開始する。女性ホルモンの標的器官のなかで最も顕著な周期性を示すのが子宮内膜である。月経中剝脱(はくだつ)した子宮内膜は,エストロゲンの作用で増殖する。排卵後は,これにプロゲステロンが加わり,内膜腺が分泌を始めて分泌期となる。たまたま受精した場合に受精卵の着床を容易にするための準備状態を作っていると考えられる。受精卵が着床すれば,女性ホルモンは黄体期(分泌期)のレベルで分泌を続け,妊娠経過とともにしだいに増量していく。受精しなければ,黄体の本来の存続期間である14日間の終りには,エストロゲン,プロゲステロンとも急速に分泌低下をきたすため,子宮内膜の剝脱を生じ,いわゆる月経が開始する。
妊娠成立後,女性ホルモンは黄体のみならず胎児・胎盤系で大量に作られるようになる。妊娠経過とともに,エストロゲン,プロゲステロンの分泌は漸増し,妊娠に伴う全身的ならびに子宮を中心とする女性性器の変化は主としてこれら女性ホルモンの働きによるもので,妊娠維持に不可欠と考えられる。また女性ホルモンの細胞レベルでの作用機序も,男性ホルモンと同じで,レセプターを介して作用を発揮する。
なお,卵巣でも男性ホルモンが,睾丸でも女性ホルモンが,わずかではあるが,合成され分泌される。しかし,男子ではテストステロンが,女子ではエストラジオールが大量に合成,分泌されるために,男女それぞれに特有の二次性徴があらわれるのである。
→女性ホルモン →男性ホルモン →ホルモン
執筆者:荒井 清+村上 徹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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ヒトやその他の動物の性的特徴,性的機能の発達,保持作用をつかさどるホルモン.普通は男性ホルモン,女性ホルモンをいうが,性腺刺激ホルモンを含めることもある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…したがって,性分化の各段階がそのまま進めば基本型の女性となるが,各段階に男性化の〈力〉が加わると基本型からそれて男性になるという原理になっているのである。 ヒトでは,男性化の第1の力はY染色体であり,第2の力はY染色体の誘導のもとに発生した睾丸(こうがん)から分泌される男性ホルモンである。そしてほとんどの男性化作用をとりしきるのは男性ホルモンであるといって過言ではない。…
…視床下部の中枢はなんらかの刺激によってインパルスを出し,それを大脳辺縁系が受けて,性欲や食欲,飲水欲などそれぞれの動因を形成するのである。 性欲の場合,中枢を刺激する最大の因子はいうまでもなく,性ホルモンである。このことは,性ホルモン分泌上昇の著しい思春期や,睾丸(こうがん)機能が低下する類宦官症(るいかんがんしよう)に男性ホルモンを投与したとき,性欲亢進がみられることでも明らかである。…
※「性ホルモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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