一般に,合議体における意思決定のために,議長が表決を採ること。表決には多数決の方法が用いられるが,多数決は,異なった意見や主張のあいだでの討論が十分におこなわれたうえでなされることによってはじめて,実質的な正当性をそなえることができる。しかし,意見や主張の対立が深刻であればあるほど,討論による相互説得,あるいは利害調整は困難になるので,どのような局面で採決をするかは,合議体の運営上,きわめて重要な意味をもつことになる。議会制の歴史では,19世紀中葉以後イギリス議会でアイルランド問題をめぐる対立が激化して,合法的な議事妨害などがくりかえしおこなわれるようになり,1881年にアイルランド出身の議員が41時間にわたる長時間の発言をしつづけたとき,議長が討論終結を宣言した。討論終結closureの方式は,翌82年に議院規則として採用され,また,あらかじめ定められた討論時間が終わると未審議の部分を含めて採決できるという〈ギロチン〉の制度も導入されるようになった。
日本では,現在,国会法で,あらかじめ議院の議決があった場合を除き,議長は議員の発言時間を制限することができる(61条)。討論の終結と採決に対し,少数党の側が演壇占拠などの物理的抵抗を含めてあくまで抵抗し,多数党の側が警察力の導入などを含めてそのような抵抗を排除するという状況のもとで採決がおこなわれるとき,いわゆる〈強行採決〉の事態となる。日本で1950年代にしばしばくりかえされた。〈強行採決〉のうち最大の例は,60年5月19日,日米安全保障条約改定の承認案件について衆議院でおこなわれた〈強行採決〉であり,それをきっかけとして〈議会制民主主義擁護〉を旗印にする運動が全国規模で生じ,とくに国会周辺では,1ヵ月にわたり大規模なデモがつづけられ,参議院での審議がおこなわれないまま,30日が経過し,憲法61条の規定にもとづいて,国会の承認が,いわゆる自然成立のかたちで成立した。
以下に採決に関する主要用語を解説する。
(1)記名投票と無記名投票 採決に際し表決に加わった者の氏名を記すか否かで,記名投票と無記名投票が区別される。日本の衆議院規則および参議院規則では,議長は,起立による表決を求めることができるが,起立者の多少を認定しがたいとき,または議長の認定宣告に出席議員の5分の1以上から異議あるときは,記名投票で採決しなければならないし,議長が必要と認めたとき,または出席議員の5分の1以上の要求があったときは,記名投票で表決を採ることとなっている。なお,議院規則では,表決一般と院内での選挙とを区別してあつかっており,議長等,院の役員の選挙は無記名投票(議院規則の用語では〈無名投票〉)で,内閣総理大臣の指名は記名投票でおこなわれる。
(2)キャスティング・ボート 可否同数の場合の,議長の決裁権。日本では,国会両議院の議事につき,憲法56条2項に,原則的な規定がある。ただし慣行上,議長は,議員としての表決には加わらない。議長決裁は,現状維持的に行使されるべきだという見解が多いが,1975年7月,参議院議長河野謙三は,法律改正を内容とする法案を成立させるために決裁権を行使した。
上記の意味から転じて,政治的意味で,対立関係にある二大勢力のどちらもが過半数を制しえない状態のもとで,第三党以下の小勢力が多数・少数関係の推移に決定的な役割を演ずることをも,〈キャスティング・ボートをにぎる〉という。
(3)クロス・ボーティング(交錯投票) 議院における表決の際,通常は議員の所属政党いかんによって可・否の分布が分かれるが,その反対に,所属政党の別と交錯した表決となる場合をいう。アメリカの二大政党制について,各州ごとの独立性が強く〈実質上は多党制〉といわれることすらある。そのような状況を反映して,アメリカでは交錯投票の例が多く,大統領と議会多数派の党派が一致しないとき,議会解散権や政府問責権など両者の対立に決着をつける制度がなくとも国政が動きがとれなくならないのは,そこにも一因がある。
執筆者:樋口 陽一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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