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擦文文化 さつもんぶんか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

擦文文化
さつもんぶんか

擦文土器を伴う文化。北海道東北地方北部に分布し,8世紀頃より鎌倉・室町時代に及んだとされ,研究者によっては近世まで続いたとする。北海道の続縄文文化本州から北上した土師器 (はじき) を伴う文化が接触したと推定され,またアイヌ文化に先行する文化として考えられている。おもな生業漁労であったと考えられるが,方形竪穴住居にはかまどがあり,粟,ひえ,そばなどが出土することによって,小規模な栽培も行われたことがわかる。

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世界大百科事典 第2版の解説

さつもんぶんか【擦文文化】

擦文土器の使用を指標とした文化。北海道の続縄文文化が東北地方の古墳文化の影響をうけて変容,成立した文化で,北海道一円から東北地方北部にも広がりをみせている。この文化の初期に注目される遺構として,江別市恵庭市など道央部に発見されている,いわゆる北海道式古墳がある。律令政府とかかわりのあった人が被葬者と考えられている東北地方の末期古墳と同形で,出土遺物も,土師器(はじき),直刀蕨手(わらびで)刀,鉄斧,鉄鎌,銙帯(かたい)金具,勾玉や和銅開珎など似たものが多い。

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大辞林 第三版の解説

さつもんぶんか【擦文文化】

北海道における続縄文文化に続く文化。擦文土器・鉄器を使い、竪穴住居に住み、狩猟・漁労・雑穀栽培を行なった八~一三世紀の文化。

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世界大百科事典内の擦文文化の言及

【アイヌ】より


【歴史】

[初期の歴史]
 アイヌ民族の起源や初期の歴史についてはいまだ不明な点が多い。現在の考古学の知見では,続縄文文化(紀元前後‐7,8世紀)まではさかのぼることが可能で,次の擦文文化(8,9‐13世紀)は後代のいわゆるアイヌ文化の先行形態と解されている。もっとも,今のところ擦文文化にはアイヌ文化に特有な熊送り儀礼(イオマンテ(熊祭,熊送り))の痕跡がみられないことから,擦文文化からアイヌ文化への移行過程については,今後解明すべき問題が多く残されている。…

※「擦文文化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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