続縄文文化(読み)ゾクジョウモンブンカ

デジタル大辞泉 「続縄文文化」の意味・読み・例文・類語

ぞく‐じょうもんぶんか〔‐ジヨウモンブンクワ〕【続縄文文化】

本州弥生時代から古墳時代にかけての、北海道文化縄文文化と同様、食料採集を基盤としていたのでこの名がある。のち、擦文さつもん文化移行

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精選版 日本国語大辞典 「続縄文文化」の意味・読み・例文・類語

ぞく‐じょうもんぶんか‥ジョウモンブンクヮ【続縄文文化】

  1. 〘 名詞 〙 本州の彌生・古墳文化と並行する時期に、北海道を中心として展開された土器文化。狩猟、採集を生活基盤とし、石器骨角器を用い、土器に縄文が施されるなど、縄文文化の色彩を強くとどめる。

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改訂新版 世界大百科事典 「続縄文文化」の意味・わかりやすい解説

続縄文文化 (ぞくじょうもんぶんか)

縄文文化に続く北海道地方を中心とする文化。本州の縄文文化が弥生文化へと移行する一方で,北海道地方を中心に,縄文文化の伝統を濃く残した文化が続くと考えられ,それに〈続縄文〉という名が与えられた。この文化の内容は,近年になって土器の編年序列がほぼ判明したが,なお究明すべき点が多い。現在,時期的に東北地方の弥生文化に相当する前期と,同じく古墳文化に相当する後期とに大きく分けられる。前期の文化は大まかに道南を中心とする恵山式土器を伴うものと,道央・道東・道北でそれぞれ若干の地域色を示しながらも前北式から後北式にかけての土器を伴う一群とに大きく二分される。前者は台付土器や甕形,壺形,鉢形など東北地方の弥生文化と共通する土器の組成をもちながら,豊富な石器,骨角器を伴い,狩猟に加えて沿岸漁労にも深くかかわっていたとみなされる文化である。とくに土器の口縁部に熊の形態を模した把手をつけることや,魚形石器と呼ばれる,小型の石棒を伴う点に特色がある。代表的な遺跡には函館市恵山遺跡,白老町アヨロ遺跡などがある。後者は土器の組成に壺形や台付土器が少なく,耳付土器が加わり,深鉢形のものがはなはだ多い。石器,骨角器も組成は違うけれども豊富である。新冠町大狩部遺跡,厚岸町下田ノ沢遺跡,江別市江別太(えべつぶと)遺跡なども著名である。これらの前期の住居には前時代から引き続き出入口の明確に掘り込まれるものがある。墓は土壙墓で,土器や石鏃,石べら,コハク玉や碧玉の管玉などを入れる例が多い。柄の付いた石べらなどの豊富な木製品の出土した江別太遺跡では,この時期の河川漁労にかかわる遺構や,サケの骨なども発見されている。後期の後北式後半の土器は平底の深鉢形と注口土器をおもな組成としているが,小型の鉢や片口,皿もある。器種の構成は前期とは一変し,以後終末の北大式にまで継続する。この時期の住居跡は未発見。墓は土壙墓で,内部に人頭大の石を入れるものが多い。遺物には鉄製の刀子やガラス玉,漆塗の竪櫛(たてぐし)などもあり,古墳文化との交流を示す。代表的な遺跡には余市町フゴッペ洞窟などがある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「続縄文文化」の意味・わかりやすい解説

続縄文文化
ぞくじょうもんぶんか

縄文晩期以降、本州の弥生(やよい)・古墳文化と並行する時期に北海道を中心として北日本独特の風土のなかで展開された土器文化。本州が水稲農耕社会に移行したとき、この地域では地理的条件と文化的伝統から、引き続き縄文的色彩を強くとどめたこの文化が形成された。相変わらず猟漁、採集を経済基盤とし、日常の利器として石器、骨角器を盛用し、土器は縄文で飾られた。道南部の大洞(おおぼら)式系土器文化を母胎に東北地方の弥生文化の影響のもとで成立した恵山(えさん)式土器文化や、道央の、より北海道的な江別(えべつ)(後北(こうほく))式土器文化など、地域により複数の系列がある。

 恵山式は刻線文と縞(しま)・帯(おび)状縄文、江別式では前半に擬縄貼付文(ぎじょうてんぷもん)が、後半に楔形刺突文(くさびがたしとつもん)と縞・帯状縄文とが特徴的だが、やがて素文化する。石器では打製両面加工の石ナイフが共通するが、石鏃(せきぞく)の形態は対照的である。骨角器はとくに恵山式に豊富で、とりわけ銛(もり)が発達する。金属器もすでに存在したらしい。住居は竪穴(たてあな)式で、恵山式は円形、江別式には舌状張出(ぜつじょうはりだし)部をもつ例が多い。墓制は平面が円・楕円(だえん)形の土壙墓(どこうぼ)で屈葬。恵山式は北西、江別式では南東頭位が多い。江別式後半の文化は道南から東北地方にも及ぶ。またこの段階で土師器(はじき)の文化と接触し、過渡的折衷文化たる北大式を経て擦文(さつもん)土器文化へと移行する。続縄文文化期こそは、その後、稲作農耕社会の中央日本に対し、北日本地域が独特の歴史過程をたどることになる、そもそもの出発点となった時期である。

[菊池徹夫]


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山川 日本史小辞典 改訂新版 「続縄文文化」の解説

続縄文文化
ぞくじょうもんぶんか

続縄文土器を使用した文化をいう。弥生文化の編年研究がまだ不十分な昭和10年代,山内清男(やまのうちすがお)は北海道の縄文土器以後になお縄文の多い土器が使用されていたとして,これを続縄文式とよんだ。その土器は現在,恵山(えさん)式・江別式などとよばれているものを含み,東北地方から北海道・千島・サハリンに分布し,前2~3世紀から後6~7世紀の頃のものと推定される。当初は複数の地域的なまとまりをもつが,やがて北大(ほくだい)式となり,擦文(さつもん)土器にかわる。続縄文文化の遺物は石器のほかに鉄器もあり,「鉄器時代」の文化に属する。人々は竪穴(たてあな)住居に住み,土壙墓(どこうぼ)に葬られた。擦文文化とともに,古代史にいう蝦夷(えみし)とよばれた人々の実態を究明するうえで重要な文化。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「続縄文文化」の意味・わかりやすい解説

続縄文文化
ぞくじょうもんぶんか

北海道,東北地方北部の金属器文化。弥生・古墳文化に並行するものとされるが,寒冷な気候のため,依然として稲作を行わず,金属器の存在が確認されているが,石器,骨角器が基本的利器で,縄文土器の影響を強く残す続縄文土器を使用し,狩猟,漁労の段階にある。土器は道南部に主として恵山式土器,道央・道東部には江別式・北見式土器などが多く,江別式土器は仙台平野,新潟平野の北辺にまで分布する。この文化をになったのは,出土遺物や人骨の特徴から,アイヌの祖先であるとする見解がある。

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