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改土帰流 かいどきりゅうgai-tu-gui-liu; kai-t`u-kuei-liu

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

改土帰流
かいどきりゅう
gai-tu-gui-liu; kai-t`u-kuei-liu

中国,明代以後,南西部に住む少数民族に対する政策をいう。改土帰流とは土司,土官を改め,流官 (朝廷任命の正式官吏) とするの意。古くは中国文化の及ばない,いわゆる化外の民として放置されたこれら少数民族は,元朝以来その土着民を土司,土官とする間接統治にゆだねられていた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

かいどきりゅう【改土帰流 Gǎi tǔ guī liú】

中国の西南地方に住む諸少数民族に対する中国化政策。改土帰流とは土司・土官を改めて流官(中央政府任命の地方官)にする意味である。中国の西南地方には昔はミヤオ(苗)・ヤオ(瑶)など各種の未開少数民族が広く居住していて,唐・宋のころまでは中国の支配がほとんど及ばなかった。ところが,元代になり,政府は彼らが帰付した長にある種の官職を与え,従来の慣習に従い土民の統治を許した。これを土司または土官という。次の明代になると,政府は西南開疆政策により,新たに多くの土司を設ける一方,土司に朝貢あるいは貢賦などの義務を課し,彼らに対する支配を強めるとともに,中国人の進出などにより中国化の進んだ所では,土司の反乱などを機に改土帰流も行った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

改土帰流
かいどきりゅう

中国、明(みん)、清(しん)朝で行われた中国の西南地方を中心とする辺境統治政策の一つ。改土為流(いりゅう)ともいう。雲南、貴州、四川(しせん)、広西などにはミャオ族、ヤオ族などの少数民族が住んでいるが、明朝(1368~1644)ではこれらの地域に通常の地方行政制度を実施せずに「土州・県」を設置した。清朝(1616~1912)でも明の制度を踏襲して、各部族の族長を土州・県の「土官」に任命して、土官の下での自治を許し、それを中央派遣の官僚が監督した。これらの土官は世襲も認められる文官であるが、一方、部族を率いて来帰し、戦功のあった族長は武官である「土司」に任命された。明の制度を踏襲した清朝は、やがて土官、土司を廃止して通常の地方行政に編成し直した。この土官、土司を「品流官」すなわち正式の官僚とすることを改土帰流という。雍正(ようせい)年間(1723~35)にこの地方の少数民族の反乱を鎮圧した鄂爾泰(オルタイ)の手によってより大規模に改土帰流は進められた。[細谷良夫]

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