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政事総裁職 せいじそうさいしょく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

政事総裁職
せいじそうさいしょく

江戸時代末期の幕府職名文久2 (1862) 年7月 14代将軍徳川家茂が,勅旨によって越前藩主松平慶永をこれに任じた。これは尊王攘夷運動下,内外多端のおりから幕政刷新のため設けられたもの。職禄1万石。同3年慶永辞職ののちは,川越藩主松平直克が任じられたが,元治1 (64) 年廃止された。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいじそうさいしょく【政事総裁職】

幕末の江戸幕府の役職。1862年(文久2)初頭から,京都での勢力を強めた薩摩・長州・土佐3藩の尊王攘夷派は,朝廷を動かして幕府を攘夷の立場に立たせようとした。この結果,5月,攘夷貫徹のための幕政改革の一環として,一橋慶喜を将軍後見職に,松平慶永大老に登用せよとの勅諚が出た。勅使大原重徳は島津久光の兵を伴って江戸へ下り,幕府に勅諚を伝えた。幕府はこれを受けいれ,7月,松平慶永を政事総裁職に任じた。大老と老中は譜代大名が就任する慣例であったので,家門である慶永を幕政に参与させるためこの職が新設されたのである。

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大辞林 第三版の解説

せいじそうさいしょく【政事総裁職】

1862年、内外の政務について将軍を補佐するために設けた職。初代総裁は松平慶永。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

政事総裁職
せいじそうさいしょく

1862年(文久2)創設された江戸幕府の職名で大老に相当。坂下門外の変後、雄藩による幕政改革運動が活発化し、勅使大原重徳(しげとみ)を擁した島津久光(ひさみつ)は、一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)を将軍後見職に、松平慶永(よしなが)を政事総裁職に就任させることを建言、7月9日実現をみた。これまで譜代(ふだい)大名出身の老中の手に握られていた幕政に親藩の慶喜(水戸)、慶永(福井)が参加したことは雄藩の発言権の増大を意味する。政事総裁職は慶永の辞任後、川越(かわごえ)藩主松平直克(なおかつ)が64年(元治1)6月22日まで在任、以後廃止された。[山口宗之]

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