日本原子力発電[株](読み)にほんげんしりょくはつでん

百科事典マイペディアの解説

日本原子力発電[株]【にほんげんしりょくはつでん】

電力会社電源開発会社,5原子力産業グループなどの出資で1957年設立。原子力発電企業化のため原子炉の輸入,建設,運転,調査,設計などを行う。東海発電所はコールダーホール型原子炉により1960年日本最初の商業発電を開始,1967年完成時電気出力16万6000kWh。他に福井県敦賀市明神町の敦賀発電所と東海第二発電所をもつ。敦賀原発は1〜4号機で,1号機は1970年運転開始,沸騰水型軽水炉,2号機は1987年運転開始,加圧水型軽水炉,3号機,4号機は準備工事中。2012年4月原子力安全・保安院は現地調査を踏まえ敦賀原発2号機の直下の断層が活断層の可能性があると指摘。日本原子力発電はこれまで,断層が動く可能性については全面的に否定してきた。東海第二原発は,1号機運転開始1978年,沸騰水型軽水炉。2013年7月に施行した原子力規制委員会の新規制基準では,再稼働に関して,数年単位の時間とコストを必要とする設備の大幅な強化対策等を要求しており,老朽化した原発はさらに対策が難しくなる。また新規制基準は活断層の真上にある原発は稼働を認めない方針であり,敦賀原発は該当すると見られた。2013年5月原子力規制委員会は外部専門家による現地調査を実施,2号機原子炉建屋直下を走るD-1断層を活断層と判断,これに対して日本原子力発電はD-1断層の延長部にある断層は,途中で切れて原子炉建屋にはつながらないなどとして,活断層ではないとする最終報告書を7月に規制委員会に提出した。規制委員会事務局の原子力規制庁はこれを受け再び現地確認し,再度外部専門家に検討してもらうことを決めた。2014年2月規制委員会は,敦賀原発敷地内を走る活断層〈浦底断層〉と,2号機原子炉建屋の下を通る,D-1断層の延長部の試掘溝を中心に調べ,さらに調査を重ねて評価会合を持つ方針だったが,11月原子力規制委員会の有識者会合は敦賀原発2号機直下の断層について,〈活断層〉と判断した評価書案をまとめた。2015年3月,日本原子力発電は敦賀原発1号機の廃炉を決定した。原発だけで発電してきた日本原子力発電は,経営的にも根本的な見直しを迫られており,早期の再稼働を求めている。電力会社に電気を売る卸電気事業者として,2009年度発電設備261万7000kWh。東海発電所は,1998年3月末運転停止し,2019年〜2024年に廃炉,2024年〜2025年に建屋撤去の予定で作業が進められている。本社東京。2011年資本金1200億円,2011年3月期売上高1742億円。→原子力産業
→関連項目電気事業

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世界大百科事典 第2版の解説

にほんげんしりょくはつでん【日本原子力発電[株]】

日本の原子力開発の初期段階において,原子力発電の商業化を目的として設立された会社。略称,原電。1957年,電力会社9社,電源開発,日本原子力,第一原子力などの原子力産業5グループなどが出資して設立された。電気事業法上は電力会社に電気を売る卸電気事業者。60年,日本最初の原子力発電所である東海発電所(茨城県東海村)の建設に着工し,66年に運転を開始した。この原子力発電所はイギリスのゼネラル・エレクトリック社(GEC)のガス冷却炉(GCR)を導入したもので,出力は16万6000kWである。

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世界大百科事典内の日本原子力発電[株]の言及

【原子力】より

…60年臨界となった第2の研究炉JRR‐2もアメリカ製であったが,国産炉の開発も進められ,天然ウラン燃料・重水減速型の国産1号炉(JRR‐3)が62年9月に臨界となった。 原子力発電の実用化は,日本原子力発電(株)の手による東海1号炉の完成に始まる。当初,日本原子力研究所の試験用発電炉を経たのち電気事業者による実用炉へ進むということが基本方針とされていたが,原子力発電はすでに実用化時期に近づいているとの見通しが55年ころから国際的に喧伝されていたこともあって,原子力発電推進体制を早期に決める必要性に迫られた。…

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