明石志賀之助(読み)あかししがのすけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

明石志賀之助
あかししがのすけ

江戸時代初期の力士。宇都宮の人といわれる。寛永1 (1624) 年上野寛永寺建立の際,初代横綱免許。日下開山の称号をうけた。身長7尺5寸 (2.3m) といわれる。

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デジタル大辞泉の解説

あかし‐しがのすけ【明石志賀之助】

初代横綱とされる力士。宇都宮藩士の子で、寛永年間(1624~1644)に活躍したとされるが、実在の確証はない。→第2代横綱綾川

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百科事典マイペディアの解説

明石志賀之助【あかししがのすけ】

江戸前期の力士。初代横綱。宇都宮出身と伝えられるが,生没年不詳。身長251cm,体重184kgという超巨人。《近世奇跡考》によれば仁王仁太夫を倒して,朝廷から日下開山(ひのしたかいさん)の称号を受けた。1624年(寛永1年)の明石による興行が職業相撲(勧進相撲)の初めとされているが,確証はない。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

明石志賀之助 あかし-しがのすけ

?-? 江戸時代前期の力士。
初代横綱。下野(しもつけ)宇都宮の生まれといわれ,寛永(1624-44)のころに活躍。京都の天覧相撲で仁王仁太夫にかち,朝廷から「日の下開山」の称をゆるされた。江戸勧進相撲をおこしたといわれるが,確実な史料はない。通称は鹿之助とも。

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朝日日本歴史人物事典の解説

明石志賀之助

生年:生没年不詳
江戸前期の初代の横綱とされる力士。実在したかどうか定かでない。『関東遊侠伝』に主人公夢の市郎兵衛義兄弟として登場し,京都に上って天覧相撲で仁王仁太夫を投げ飛ばし,日下開山になったとされている。『古今相撲大全』(1763)には寛永1(1624)年江戸四谷塩町の笹寺で明石が晴天6日間の興行を行ったと書かれており,笹寺には「江戸勧進相撲発祥之跡」の碑があるが,興行の有無は確認できない。明治28(1895)年陣幕久五郎が深川富岡八幡宮に建立した横綱碑の裏面に横綱初代として明石の名を刻んだ。しかし4代横綱谷風梶之助以前の明石,綾川五郎次,丸山権太左衛門の3人は横綱免許を受けた史実がないため,谷風を初代横綱とする説もある。

(水野尚文)

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世界大百科事典 第2版の解説

あかししがのすけ【明石志賀之助】

江戸前期の力士。生没年不詳。初代横綱。伝説,講談によれば,宇都宮藩士山内典膳(主膳)の一子鹿之助,一説には蒲生家の浪人でのち江戸に出て人夫になったともいわれる。身長251cm,体重184kgという希代の超巨人。江戸で俠客夢の市郎兵衛と義兄弟になり,京都の天覧相撲で大関仁王仁太夫を打ち倒し,日下開山(ひのしたかいさん)の勅許を与えられたという。《古今相撲大全》(1763)には,1624年(寛永1)4月,江戸四谷塩町の笹寺で,明石の勧進元による晴天6日間興行が,江戸勧進相撲の始まりとあるが証跡はまったくない。

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大辞林 第三版の解説

あかししがのすけ【明石志賀之助】

江戸初期の伝説的力士。宇都宮藩士山内主膳の子という。朝廷より日下開山ひのしたかいざんを名乗ることを許され、後世初代横綱とされた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

明石志賀之助
あかししがのすけ

架空の初代横綱。江戸中期に刊行された『関東遊侠(ゆうきょう)伝』に出てくる寛永(かんえい)年間(1624~1644)の力士で、実在性を裏づける史料はない。のちに行司の伝書に記され、身長251センチメートルの巨人、宇都宮出身とされる。1895年(明治28)、第12代横綱陣幕(じんまく)久五郎が歴代横綱の系譜を作成し、明石を初代に据え、横綱力士碑を富岡八幡(はちまん)宮(東京都江東区)に建立した。講談でも江戸勧進(かんじん)相撲の開祖とうたい、ついに昭和になって黙認された。[池田雅雄]

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世界大百科事典内の明石志賀之助の言及

【横綱】より

… 横綱力士という名称と代数をつけることを発案したのは,みずからも横綱の免許を受けたことのある12代陣幕久五郎(1829‐1903)で,自己顕示の理由もあって,1895年大関のなかで横綱免許を受けた力士を他の大関と区別して〈横綱力士累代姓名〉という文書を配布し,東京深川八幡境内に横綱力士碑を建てる寄付金を募集した。このとき伝説上の力士,明石志賀之助を初代に綾川,丸山を加え16代西ノ海までを碑の裏面に刻して表彰し,1900年に完成した。この石碑は相撲協会や吉田司家に関係なく,陣幕が独力で建てたものであり,当時の相撲史研究家の間からも,初代から3代までは史実になく,谷風を初代にすべきであるとの論議があり,現在にまで尾を引いているが,今ではこの代数が定着している。…

※「明石志賀之助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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