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曲馬 きょくば

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

曲馬
きょくば

馬に乗って演じる曲芸。もと馬術の修練のわざが余興となり,興行化したもの。唐の散楽雑伎の1つとして,日本にも古くから伝えられたらしいが,興行化したのは享保年間 (1716~36) 頃といわれる。寛政年間 (89~1801) 頃には女も現れた。元治1 (64) 年西洋曲馬が入り,1886年イタリア人のチャリネ一座が評判をとって以後,在来の日本の曲馬は西洋曲馬に圧倒され,近代的なサーカスに吸収された。

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百科事典マイペディアの解説

曲馬【きょくば】

馬の上の曲芸。馬術の余技として発達。走る馬上での逆立ち,3頭立てなど。日本では18世紀初め見世物として興行化,女曲馬も現れた。最初の西洋曲馬の興行は1864年であるが,明治になってフランスのスリエやイタリアのチャリネの興行が評判となり,以後在来の日本の曲馬は衰退した。
→関連項目軽業

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世界大百科事典 第2版の解説

きょくば【曲馬】

馬を駆けさせながら,馬上で種々曲乗りを演ずる芸。馬のみの芸もある。もと馬術の余興であったものが,見世物として興行化したもの。日本では室町時代に〈曲乗り〉の記録がみえるが,見世物興行の初めは,1726年(享保11)京都七条引地で,三条正親町家の家来原田兵部が興行した曲馬といわれる。これは中国の散楽雑戯(さんがくざつぎ)のなかの,猨騎(えんぎ)の伝統をひく朝鮮曲馬に影響されたものらしい。宝暦期(1751‐64)に現れた女曲馬は,〈立ち駈(か)け〉〈下りふじ〉〈敵隠れ〉〈蟬どまり〉〈鶴の餌拾い〉などの曲目で評判をとり,寛政(1789‐1801)から文化・文政期(1804‐30)にかけて全盛で,華やかな衣装で歌舞伎芝居の所作事早替りを演じた。

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大辞林 第三版の解説

きょくば【曲馬】

馬の曲乗りや、馬を使った曲芸。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

曲馬
きょくば

動物曲芸中もっとも有名なもので、馬を用いて行う曲芸。もともとは馬術の余興として行われたものというが、散楽雑伎(さんがくざつぎ)の一種ともいわれ、武術としての乗馬技術の曲乗りが芸能化したものともいえる。興行の始まりは享保(きょうほう)(1716~1736)以後のことといわれる。日本曲馬といわれる古典的な芸種には、立ち駆け、一さん下りふじ、鶴(つる)の餌(えさ)拾いなどといった曲があった。寛政(かんせい)(1789~1801)ごろには女曲馬が出現し人気を博している。のちには歌舞伎(かぶき)の趣向を取り入れて、七変化(しちへんげ)、玉藻前(たまものまえ)、法界坊(ほうかいぼう)、阿古屋(あこや)などを演ずるようにもなった。西洋の曲馬は、1864年(元治1)の舶来軽業(かるわざ)興行の一行に加わっていたし、1871年(明治4)にはフランス人スリエが東京で興行したが、とりわけ1886年のイタリア人チャリネ一座の評判はすばらしく、5世尾上(おのえ)菊五郎が歌舞伎に取り入れたほどで、以来日本の曲馬は影を薄くした。日本では昭和初期までサーカスを曲馬団とよんでいた。[織田紘二]

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世界大百科事典内の曲馬の言及

【馬芝居】より

…すべての演者が馬に乗り,踊りや芝居を見せる小屋掛け興行。曲馬(きよくば)ともいう。室町時代には実馬実甲冑による猿楽能が演じられ,多武峰様(とうのみねよう)と呼ばれたが,近世には歌舞伎狂言や曲乗りが演じられた。…

【曲芸】より

…しかし曲芸の主要舞台はなんといっても19世紀初めころから出現したサーカスであった。サーカスにおいては曲馬,すなわち〈馬の曲乗りvoltige〉と〈馬の芸当liberty horse〉,軽業,手品,道化,ライオン・イヌ・サル・クマ・ゾウなどの〈動物の曲芸〉など各種の曲芸的要素が総合されている。サーカス雑技見世物【小池 文貞】。…

【サーカス】より

…この円形劇場の型が,現在でも各国のサーカス常設小屋に残され,移動テントもそれに準じている。そして1770年イギリスの退役軍人アストリーPhilip Astleyが〈アストリー・ローヤル演芸劇場〉で,曲馬だけでなくこれにアクロバット,綱渡りの演目を加えたのが,近代サーカスの形態の誕生とされる。
【世界のサーカス】
 サーカス熱はヨーロッパ各地からロシアに広がり,19世紀前半はイギリス,後半はフランス,20世紀初頭にはドイツが盛んで,ドイツではハンブルクに動物園をもつハーゲンベックCarl Hagenbeckが動物調教のサーカスで有名である。…

【見世物】より

…籠抜(かごぬけ),枕返し,からくりなどが寛文期(1661‐73)の前後に流行し,そのころ〈べらぼう〉という言葉の語源になった〈べらぼう(べら坊,可坊)〉という畸人の見世物もかかった。享保期(1716‐36)以後には曲馬,女角力(おんなずもう),綱渡りなど,宝暦・明和・安永期(1751‐81)には火喰い坊主,蘇鉄(そてつ)男,馬男,曲独楽(きよくごま),曲屁(きよくへ)福平,女力持(ちからもち),エレキテル,鬼娘,飛んだ霊宝,ビイドロ細工,曲鞠(きよくまり)などが行われた。 そして寛政(1789‐1801)以後には,駝鳥(だちよう),大鱶(おおふか),水豹(あざらし),足芸,飴(あめ)の曲吹き,おどけ開帳,謎解き春雪,芸州宮島大鳥居回廊,祇園会山鉾,籠細工釈迦,壬生(みぶ)狂言,ビイドロ細工阿蘭陀船,珍貝細工,羽二重細工,桶細工その他細工物,看々(かんかん)踊,唐人蛇踊,百人芸,生人形,駱駝(らくだ),山男,蛇娘,菊細工,大象,翻車魚(まんぼう),餅曲搗き(もちのきよくづき),水からくり,譬くらべ,眼力など,種々雑多な見世物が行われた。…

※「曲馬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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