狂言の曲名。座頭狂言。大蔵流だけにある。下京に住む座頭が,八月十五夜の名月の夜,野辺へ出て虫の鳴声を楽しんでいると,月見に来た上京の男が声をかけ,持参した酒を酌み交わして意気投合する。機嫌よく2人は別れを告げるが,別れたのちに上京の男にいたずら心が起こり,別人をよそおって引き返し,わざと座頭に突き当たると,声を荒らげてなじり,打ち倒して立ち去る。座頭は〈今の奴は,最前の人とはひっ違え,情けもない奴でござる〉と述懐する。結末部分は,盲目の身の孤独をうたい,くしゃみをして終わる演出と,シオリ(泣く所作)で終わる演出の両様がある。登場人物は座頭と上京の男の2人で,座頭がシテ。前半は男の豹変や座頭の錯誤をとおして,和やかな笑いと抒情味につつまれ,後半は人間の本性に根ざした不条理,人間存在のもつ悲惨と滑稽(こつけい)とを同時に象し得ている。江戸時代中期以降に作られた,比較的新しい狂言と推定されている。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。座頭狂言。仲秋の名月の夜、座頭(シテ)が野辺に出て千草に集(すだ)く虫の音に月を見ているところに、男が通りかかり声をかける。意気投合した2人は、古歌を吟じ舞をまって酒宴を楽しむ。しみじみとした酒宴ののち、2人は別れるが、男は突然引き返し、作り声をして別人を装い、座頭を突き倒して幕に入る。1人残された座頭は、いまの男は最前の人とは違い情けもない奴(やつ)だと述懐し、一つ大きくくしゃみして終曲となる。座頭の独白のうちに、虫の音が聞こえ名月が浮かぶ、叙情味あふれる詩的作品。全編の詩情を引き裂く唐突な結末は、人間のもつ善悪の二面性を象徴するとか、ドラマ世界の亀裂(きれつ)がそのまま人間存在の深淵(しんえん)をのぞくようだとか、従来いろいろ議論をよぶところである。
[油谷光雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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