コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

有坂成章 ありさかなりあきら

7件 の用語解説(有坂成章の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

有坂成章
ありさかなりあきら

[生]嘉永5(1852).8. 岩国
[没]1915.1.12.
陸軍軍人。三十年式歩兵銃,有坂式 (三一式) 速射砲などの発明者で,旧日本陸軍の兵器技術の向上に貢献。旅順要塞攻略に活躍。 1906年中将,07年男爵。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ありさか‐なりあきら【有坂成章】

[1852~1915]技術家・陸軍中将。山口の生まれ。明治31年(1898)有坂式速射砲を発明。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有坂成章 ありさか-なりあきら

1852-1915 明治時代の軍人。
嘉永(かえい)5年2月18日生まれ。有坂長為は養祖父。陸軍兵学寮を卒業後,東京砲兵工廠(こうしょう)に勤務,大砲の改良につくす。発明した三十一年式速射野砲は有坂砲とよばれ,日露戦争で全陸軍に配備された。明治39年陸軍中将。大正4年1月12日死去。64歳。周防(すおう)(山口県)出身。本姓は木部。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

有坂成章

没年:大正4.1.12(1915)
生年:嘉永5.2.18(1852.3.8)
明治期の銃砲設計家。岩国藩(山口県)藩士で砲術家の木部左門の次男。同藩士有坂長良の養子。明治7(1874)年陸軍兵学寮出仕,15年砲兵大尉,主に銃砲製造を研究してヨーロッパへも出張。国産初の陸戦用速射砲である31年式の野砲・山砲と30年式小銃を開発した。これらは日露戦争(1904~05)の陸軍主力兵器となる。39年中将に進む。44年技術審査部長。

(鈴木淳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ありさかなりあきら【有坂成章】

1852‐1915(嘉永5‐大正4)
明治時代の軍事技術者。岩国に生まれる。祖父淳蔵,父隆助は砲術家高島秋帆の門に学んだ岩国藩士。大阪兵学寮の幼年舎出身。数学,機械学,フランス語に長ずる。欧米諸国の軍用銃視察のため派遣されて以来兵器の改良に没頭し,旧日本陸軍軍用銃・砲を考案した。東京砲兵工廠提理であった1896年に有坂砲を試作したが,これは日本で最初の75mm鋼製砲で,金属薬莢(やつきよう)(無煙火薬使用),ねじ式閉鎖機を採用した。この有坂砲は1900年に三十一年式速射野山砲として採用され,日露戦争で使用された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ありさかなりあきら【有坂成章】

1852~1915) 軍人・技術者。周防の人。兵器の改良に努め、三十一年式速射野砲(有坂砲)を考案、日露戦争で大いに威力を発揮した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

有坂成章
ありさかなりあきら
(1852―1915)

兵器製造の功労者。周防(すおう)国(山口県)岩国に生まれる。1874年(明治7)幼年学校教官に任ぜられて以来、兵器改良に没頭した。1892年陸軍で速射砲採用決定後、内外の速射砲が各種比較されたなかで、彼の発明が優れており、三十一年式速射野砲として採用された。小口径かつ5連発の三十年式歩兵銃も創製し、いずれも日露戦争(1904~1905)ではロシアの銃砲に比べ、軽量で行動力に勝り、日本の勝利に貢献した。また信管の加量筒をスズ製とし、活字製造機での鋳造を考案、機械工業の未発達な当時の日本で、精密機械加工を省略し、急を要する弾丸補給を可能とした。砲兵会議議長、砲兵工廠(ほうへいこうしょう)提理、陸軍技術審査部長を歴任。陸軍中将。[石山 洋]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

有坂成章の関連キーワード軍事技術建築家技術者岩崎彦松海福悠亀井益雄平野武治郎松崎保一吉井源太吉田健作

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone