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 ジュウ

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デジタル大辞泉の解説

じゅう【銃】

弾丸を発射する装置をもつ小型の武器。砲に対して、口径の小さい拳銃小銃機関銃などの総称。また、それに似た形・用途のもの。「を構える」「水中
[補説]書名別項。→

じゅう【銃】[漢字項目]

常用漢字] [音]ジュウ(慣) [訓]つつ
弾丸を発射する小型の武器。「銃火銃撃銃口銃身銃傷銃弾銃砲拳銃(けんじゅう)小銃短銃猟銃機関銃
[名のり]かね

じゅう【銃】[書名]

中村文則の小説。平成14年(2002)、第34回新潮新人賞を受賞した、著者のデビュー作。第128回芥川賞の候補作にもなった。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
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大辞林 第三版の解説

じゅう【銃】

弾丸を発射して相手をたおす火器。砲より口径の小さい小銃・拳銃・機関銃などの総称。銃器。 「 -を構える」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


じゅう
fire armgun

火薬、圧縮ガス圧縮空気スプリングなどの圧力で、金属製の弾丸や、矢を発射する機械のこと。現在、このなかで火薬を使用するものが、もっとも広く使用されている。普通、弾丸の口径(直径)が約12.5ミリまでのものを銃とよび、それより大きな口径のものを砲とよぶ。両者の区分に厳密な基準はなく、使用する国の軍隊や製造メーカーの基準によりばらつきがある。そのため口径にかかわらず、弾丸を発射する機械を、古くは火器とよび、現在は一般に銃砲と総称する。[床井雅美]

銃の発展史

弾丸を発射する火薬を発明した国はいまだに確定されておらず、中国、アラビア、インドなどが、それぞれ火薬を発明したと主張している。現在、中国起源説がもっとも有力である。また、ギリシアの古文書に書かれている「ギリシアの火」が火薬の起源と主張する説もある。
 初め火薬は、梱包(こんぽう)されて導火線をつけ、投擲(とうてき)して建造物などを焼く、焼夷弾(しょういだん)の火毬(かきゅう)という武器に利用された。火毬は発展し、火薬を陶器でできた容器に装填(そうてん)し、破裂すると破片が飛び散る原始的な手榴弾(しゅりゅうだん)になった。この手榴弾は鉄炮(てっぽう)と名づけられ、13世紀に蒙古(もうこ)軍が武器として各戦場で使用、1274年に日本に襲来した際にも使用された。同じころ、中国では、槍(やり)の柄(え)に筒状の容器を取り付け、この中に火薬を詰めて推進力に利用し飛行させる火箭(かせん)とよばれる原始的なロケット兵器が発明、使用された。中国の古文書には、1259年に寿春(じゅしゅん)府で、筒状の木や竹を強化し、その中に火薬と石の弾丸を詰めて前方に飛ばす突火槍(とっかそう)が発明されたと記されている。この突火槍が後の銃の原型になったと考えられている。
 1270~80年代になると、突火槍にかわり、青銅などの金属を筒状に鋳造した手銃(しゅじゅう)(ハンドキャノン)が製造されるようになった。金属製の手銃は、筒の後方にまっすぐな木の柄を取り付けて使用した。14世紀に入ると中国各地に手銃が伝わり、同世紀末には各地で製造も始められた。中国の主張では、中国で発明された火薬や火薬を使用する武器は、シルク・ロードを通ってインドやアラビアに伝わったとされる。1970年以降、中国で考古学的な発掘が組織的に進められており、火薬や火砲に関する重要な発見もなされている。1974年8月に西安(せいあん/シーアン)で出土した14世紀の青銅製の手銃は、内部に火薬が残っており、当時の火薬の成分分析も行われた。その結果、当時の火薬成分は、硝石60%、硫黄(いおう)20%、木炭20%で構成されており、現代の黒色火薬と大差なかったこともわかってきた。
 火薬や原始的な銃は、中国、アラビア、インドで発明されたものの、その後これらの地域や国での近代化や発展は長く停滞した。原始的な銃砲を近代的な銃砲に発展させたのは、アラビアから火薬や銃砲を伝えられたヨーロッパであった。12~13世紀ごろ、ヨーロッパの錬金術師たちは、ヨーロッパより進んでいたアラビアの薬学や化学の知識を競って吸収した。薬学書や化学書のなかの火薬についての知識は、ギリシア語やラテン語に翻訳され、錬金術師などによってヨーロッパに伝わった。1248年にドイツ・フライブルクの修道僧ロジャー・ベーコンが著した『芸術と自然の秘密の業(わざ)に関する手記』Epistola de secretis operibus artis et de nulliate magiaeのなかで、彼が火薬の合成に成功したことが述べられている。彼は、火薬の化学的な記述だけでなく、軍隊で使用する武器としての可能性にも言及している。
 アラビア側の記録によると、1247年に行われたスペイン・セビーリャ攻防戦で、初めてヨーロッパ人はアラビアの火砲に遭遇した。アラビア軍が戦闘で使用した火砲は手銃でなく、むしろ中国の突火槍に近い筒に針金を巻いて強化し、単純な木の柄をつけたローマンキャンドルとよばれるものだった。1248年から54年に行われたヨーロッパ人の第七次十字軍アラビア侵攻に対しても、アラビア軍は、火薬や原始的な火砲を広範に使用して反撃した。アラビア軍の火砲の知識は、十字軍の遠征から帰った兵士たちによって、急速にヨーロッパ全土に広まった。当時アラビア軍が使用したローマンキャンドルや手銃は、至近距離以外での命中精度は望めず、弾丸の威力も低くて甲冑(かっちゅう)を貫通することはむずかしかったが、その発射音や発射煙はヨーロッパの兵士や軍馬に大きな恐怖を与え、しばしば混乱によってアラビア側を戦闘で有利に導いた。アラビア軍との戦闘で火砲の威力を知ったヨーロッパ各国は、ただちに火砲や火薬の製造を始めた。14世紀になると、イタリア、ドイツ、イギリスなどで火砲の製造が始まる。
 ヨーロッパで最初に製作された火砲は、ローマンキャンドルとよく似たキャノンロックとよばれるものだった。キャノンロックは、鉄板を丸めて筒状にし、外側周囲に多くの鉄製バンドを巻き付けて強化し、後端に木や鉄でつくられた柄が取り付けられ、金属の丸い弾丸だけでなく丸い石や鉄製の矢なども発射した。キャノンロックは、それまで甲冑や刀剣を製造していた職人たちによって製造された。さまざまな大きさのものがあり、1人で運搬し射撃できる口径の小さなものから、数人で操作し射撃する大口径のものまである。小型のものが後の小銃の原型となり、大型のものが後の大砲の原型となった。一体構造で強度がある鉄製の筒が製造できるようになって、キャノンロックは小型化された。ヨーロッパ最古の鉄製一体構造の火砲は、ドイツのニュルンベルク国立歴史博物館が所蔵している。この口径17ミリの火砲は、1399年に破壊されたタンネンベルク要塞(ようさい)跡から1849年に発掘され、タンネンベルク・ブクセ(タンネンベルク銃)と名づけられた。この発見で、14世紀末のヨーロッパでは、1人で容易に運搬し射撃できる小型で軽量な鉄製の一体構造キャノンロックが製造されるようになっていたことがわかった。キャノンロックまでの発射法は、いたって原始的であった。火薬と弾丸を装填した筒の下端の小穴に、火のついた炭や、赤く焼けた鉄棒、後に火縄などを押し当てて、筒内の火薬に引火させて発射した。この発射方法はタッチホールロックとよばれた。
 15世紀に入ると、刀剣や甲冑などの鋼鉄製品の鍛造加工技術に優れていたドイツで、次々と革新的な銃砲のメカニズムが開発されるようになった。15世紀初頭、片手で銃を、もう一方の手で火縄を持ち点火孔に押しつけて発射していた従来のタッチホールロックが改良され、引き金を引くと自動的に火縄が点火孔に押しつけられるマッチロック(火縄式)が開発された。マッチロックは1375年ごろ、ベルギーのリエージュで発明されたとする説もある。マッチロックが開発されると、銃を両手で保持して照準できるようになった。従来棒状であった保持用の木の柄は、握りやすいようカーブした形に改められ、頬(ほお)や肩に密着させて正確な照準が可能な銃床(じゅうしょう)へと変化していった。
 マッチロック点火方式が完成され、両手で保持して正確な照準が可能になると、銃身の上面に照準器が取り付けられるようになる。加えて16世紀に入ると、馬に乗る兵士向けに軽量で片手で扱える拳銃(ピストレット)や銃身が短く軽い騎兵銃(カービン銃)など用途に適した形式の銃も出現した。また、銃身を交換してすばやく次の弾丸を発射できる銃身交換式銃、銃身後端から弾薬を装填できる後装式銃、多数の銃身をまとめた連発式の合束式銃、蓮根(れんこん)状の薬室(弾薬装填部)を備えた回転式銃、弾丸と発射薬を金属製の筒でまとめた薬室交換式銃、銃身内部に螺旋溝(らせんこう)を刻み、弾丸に回転を与えて飛行を安定させるライフリング付きの銃などが次々と開発されて試作された。しかし、これらの斬新(ざんしん)な考案の銃の多くは、材質や加工技術の未熟さから安全性が低く、実用化されることはなかった。
 マッチロックは、点火の失敗の少ない方式だったが、火のついた火縄を持ち歩く必要があり、火縄のにおいで敵に気づかれたり、雨や雪が降ると火が消えてしまうなど欠点も多かった。これらの欠点を克服すべく、火打石と鋼のやすりと擦り合わせて発火させる方式が開発された。火打石を利用した発火方式には、いくつかの異なる形式が考案された。16世紀初頭にドイツで開発されたホイールロック(歯輪(しりん)式発火装置)は、現代の使い捨てライターに似た形式で、回転するローラー状のやすりに火打石をスプリングで押しつけて発火させる構造をもつ。1525年ごろにオランダかドイツで開発されたスナップハンス(ライト・スナッピングロック)は、スプリングで後方から前方に火打石を回転させ、前方の斜めになったやすりに強打し、火花を散らして火薬に点火した。
 17世紀初めごろ、火打石を利用するスナップハンスを改良し、より使用しやすいフリントロック(燧石(すいせき)式/火打石式発火装置)が開発された。フリントロックは、スナップハンスと似た構造をもち、後方から回転する火打石を前方の斜めになったやすりに強打して発火させる。異なるのは、やすりの下端が、点火孔外側に装填された補助点火火薬を保護する蓋(ふた)を兼用していた点である。フリントロックはフランスで発明されたとされている。フリントロックの完成により、火のついた火縄を持ち運ぶ必要がなくなり、即応性が高まり、銃の発射が、雨や雪など天候に左右されにくくなった。フリントロック点火方式の安定性が確認されると、ヨーロッパ各国は競ってフリントロック銃(火打石銃/燧石銃)を軍用に採用した。軍用として、歩兵用の長い全長をもつマスケット、やや短く軽量のドラグーン、騎乗する騎兵用の短いカービン銃、片手で保持射撃できるごく短く軽いピストルなどが、用途別に使用された。フリントロック発火方式は信頼性があり、17世紀中ごろに発明されて以後200年余りの間使用され続けた。長期にわたって使用され続けたため、マッチロックと同様にさまざまな改良や試作が行われた。多数の銃身を組み合わせた合束連発式銃、回転する複数の薬室を備えたリボルビング連発銃、薬室交換式の後装銃、銃身後端から弾薬を装填する後装式銃などが製作された。しかし、これら斬新(ざんしん)な銃のほとんどが、材質の強度が低かったり、製造技術が伴わなかったりして射撃の際に危険が多く、一般化しなかった。銃の発火構造が鍵と同じロックとよばれるのは、スプリングで回転する精巧な部品を組み合わせた撃発メカニズムを鍵職人が製造していたためである。
 18世紀初頭にパーカッションロック(管打(かんだ)式/雷管(らいかん)式撃発装置)発火方式が、フリントロックにかわって開発された。パーカッションロックは、水銀系の雷汞(らいこう)とよばれる火薬を、小さな金属製のカップ型容器に収めたパーカッションキャップ(雷管)を発火に使用する。パーカッションキャップは、銃身から突き出たニップル(発火管)とよばれる細く短い管に装着して使用する。雷汞は強打すると発火し、銃身に開けられた小穴を通じて銃身内の火薬に点火する。パーカッションロックは、フリントロックと異なり、補助点火火薬を装填する必要もなく、発射後の再装填がすばやく行えた。また、空気中の湿気に対しても銃身内の火薬を保護でき、点火の確実性も増大した。18世紀中ごろを過ぎると、各国の軍隊は従来のフリントロックを改造したり、新たに製造してパーカッションロックを装備した。
 金属加工技術に優れていたドイツでは、古くから銃身内に螺旋溝(ドイツ語でツークzug、英語でライフリングrifling)を刻み、弾丸に回転を与えて命中精度を高めた「イェーガー・ブクセ(狩猟銃)」を、狙撃(そげき)兵に支給していた。各国も製造技術の向上により、パーカッションロックの銃の時代になると、銃身内に弾丸を回転させる螺旋溝を刻み、命中精度を向上させた。銃身内の螺旋溝のライフリングが、英語でマスケットとよばれていた歩兵用小銃を、ライフルとよびかえる語源となった。一方、騎兵に与えられていた短い銃は、単発銃の時代、発射後に肩からかけた皮ベルトのフックにつるして戦闘を続けたため、ドイツ語のフックを意味するカラビナーを語源として、英語でカービンとよばれるようになった。
 銃身内の火薬に点火する方式はさまざまに改良されたものの、19世紀中ごろまで火薬と弾丸を銃口から装填し、長い槊丈(さくじょう)とよばれる棒で銃身の後端まで押し込んでいた。この弾薬装填方式は、前装式(マズルローダー/先込め式)とよばれる。前装式は、再装填するのに時間がかかり、その際に無防備になってしまう。とくに戦闘中の再装填は危険で、しかも不発が出たとき、弾薬を銃身から排除するのに面倒な操作を必要とした。
 18世紀になると鋼鉄を鍛造し、機械加工する技術が向上し、各国で規格化された同型の銃砲の大量生産が始まった。材料の強度が向上したことから、弾薬を銃身の後端から装填する後装式(ブリーチローダー/元込め式)が、次々と考案製作されるようにもなった。だが、弾丸と発射薬をばらばらに装填すると、発射ガスの一部が後方に漏れて噴き出すことが大きな欠点であった。前装式銃に対し後装式銃は、再装填や不発弾の排除を容易に行える利点があった。その利点が大きかったため、初期の後装式銃は、後方に噴き出す発射ガスを減らし、直接に射手に吹きつけないように設計するなどして実用化された。
 このなかでとくに注目されるのは、ドイツのフォン・ニコラス・ドライゼが発明したドライゼ銃である。ドライゼ銃は、長い撃針(ファイアリングピン)を備えており、弾薬は弾丸と発射薬と雷管が紙で包まれて一体化されていた。撃針は、紙の包みを貫通し、弾丸後端の雷管を突いて発火させた。この銃が構造的に注目されるのは、ボルト(遊底(ゆうてい)/尾栓(びせん))と名づけられた円筒状の前後動する可動部分を備えている点で、ボルトをすばやく動かして再装填できた。大きな攻撃火力をもつドライゼ銃を装備したことで、プロイセンはフランスに対して優位にたち普仏(ふふつ)戦争勝利の一因をつくった。
 19世紀には、弾薬にも大きな変化が現れた。従来の弾薬は、弾丸、発射薬、雷管とばらばらだったが、新たに発明された弾薬は、これらを薬莢(やっきょう)(カートリッジ)とよばれる銅や真鍮(しんちゅう)などの軟金属製のカップで一体化させた。軟金属の薬莢は、弾丸が発射される際に銃身内いっぱいに広がり、発射ガスが後方に漏れることも防止する。この薬莢の性格が、後装式銃の製造を容易にした。初期の弾薬のピンファイアー、リムファイアー、ティートファイアーなどの薬莢は、強度が低く、強力な軍用弾薬に適していなかった。1860年代に入って、フランスやイギリスで、軍用弾薬向けの高い圧力に耐えられるセンターファイアー・カートリッジが相次いで開発された。センターファイアー・カートリッジは、軟金属のカップに発射薬と弾丸を装填し、底部を強化して中央部分にパーカッションキャップに似た発火用のプライマー(雷管)を装着してある。センターファイアー・カートリッジは、以降弾薬の主流となり、現在も使用され続けている。
 センターファイアー・カートリッジの発明で、弾薬を銃身後端から装填する後装式銃が次々と実用化された。弾薬が一体化したため、後装式単発銃だけでなく手動式の連発銃、さらに自動的に弾薬を再装填射撃する自動装填式銃(オートローダー/セミオートマチック・ライフル)や、連続して射撃を続ける自動銃(オートマチック・ライフル/フルオートマチック・ライフル)、さらに機関銃(マシンガン)の設計も可能になり、19世紀末になると次々に製品化された。
 初期の薬莢を使用する後装式銃でもっとも特筆すべき製品は、ドイツのフォン・パウル・マウザーによって設計されたマウザー・ボルトアクション小銃である。1871年に製品化されたマウザー・ボルトアクション小銃は、ドライゼ銃を強化したような構造をもつ。初め単発だったが、1984年になると、改良された連発式も加えられた。発射ガスの漏れを心配しないで、安全にすばやく射撃できる性能をもつため、以降次々と改良型が考案実用化されて各国でコピーされ、第二次世界大戦が終わるまで各国の軍用銃の主流を占めた。現在も、発展型がスポーツ用や特殊な狙撃用に製造され続けている。
 連発式の銃も数多く製品化されたが、初期の薬莢式の弾薬は、黒色火薬を使用しており、発射煙のためすばやい再照準がむずかしく、弾丸の高い発射速度も得られないため、弾丸を口径11ミリ以上に大きく重くつくる必要があって実用的でなかった。1884年フランスで無煙火薬が発明されて連発式銃が実用的になる。従来の黒色火薬と異なり、無煙火薬は発射煙で視界を妨げられることもなく、弾丸を高い速度で発射できるため、8ミリ程度の小さな弾丸口径で弾薬を軽く製造することも可能だった。1886年フランスは他国に先がけて、無煙火薬の口径8ミリ弾薬を使用するレベル連発銃を軍用に選定した。その後10年ほどの間に世界の主要各国は、フランスに倣って無煙火薬を採用し、口径6.5~8ミリに小さくして弾薬重量を軽減した。弾薬が小さくなったため自動装填式銃や、自動銃の研究にも弾みがつき、19世紀末に、自動装填式拳銃(セミオートマチック・ピストル)や機関銃が次々に実用化され、第一次世界大戦では自動装填式拳銃や長時間射撃できる機関銃が軍隊の重要な兵器となっていた。
 第一次世界大戦末には、膠着(こうちゃく)した塹壕(ざんごう)戦で、相手の塹壕に突入し占領する戦術がとられた。この作戦のため、突撃する兵士とともに射撃しながら前進できる空冷式で軽い軽機関銃(ライトマシンガン)や、拳銃弾を連発でき、敵塹壕内で動きやすい小型のサブマシンガン(マシンピストル/マシンカービン、機関短銃)が、新兵器として登場した。第一次世界大戦を境に、兵士の武装の中心であった軍用のボルトアクション小銃も、命中精度よりも扱いやすさが重視されて短くなり、第二次世界大戦までには各国とも約110センチほどの長さになっていた。
 自動装填式小銃も、第一次世界大戦に投入されたが、大きく重く構造的に複雑で製造コストが高く、しかも戦場での耐久性にも欠けていたため実用的でなかった。第一次世界大戦の教訓を踏まえ1930年代になると、単純で軽量な自動装填式小銃が各国で研究された。第二次世界大戦では、アメリカ、ドイツ、ソ連などが歩兵の一部に自動装填式小銃を装備させて使用した。
 ドイツは第二次世界大戦時、組み替えて防衛用や攻撃用などに転用できるMG34機関銃やMG42機関銃などのシステム機関銃(システムマシンガン)を戦線に投入した。このように組み替えて異なる用途に対応できる兵器を、システムウェポンとよぶ。現代の機関銃は、ドイツのシステム機関銃の強い影響下にある。
 第二次世界大戦なかば、拳銃弾薬と小銃用弾薬の中間的な短小弾薬を連発射撃でき、コントロールが容易な新型オートマチック兵器が登場した。ドイツがスチュームゲベァー(アサルトライフル/突撃銃)と名づけたこの自動小銃は、多くの弾薬を装填可能で、全自動連射と半自動連射が選択でき、高い敵制圧力があった。第二次世界大戦後1947年に旧ソ連が、ドイツの突撃銃によく似たAK47ライフル(カラシニコフ・オートマチック1947年型)を軍用に選定して大量装備したことから、各国とも軍用ライフルに突撃銃を採用するようになった。それらのなかで、アメリカがベトナム戦争中に採用したM16ライフルは、わずか5.56ミリ口径で重量12グラムの弾丸を1000メートル毎秒の高速で発射する構想で設計された。小口径高速弾は、従来の弾薬に比べてはるかに軽量化されており、大量の弾薬を消費する現代戦向きのため、現代の軍用銃のほとんどが、類似の小口径高速弾薬を使用するようになった。
 現代の軍用小銃は、全自動連射と半自動連射に切り替えられ、一時に多数の小口径高速弾薬を装填でき、軽合金やプラスチックを多用して軽量小型化される方向にある。さらに軽量小型化を進めるため、薬莢のない弾薬もテストされたが、安全面やコスト面などから実用化されていない。
 現在、アメリカ、フランス、イギリス、ドイツなどでは、照準器にテレビカメラや熱線感知暗視装置などを組み合わせて装備させ、間接的にヘルメット内で照準でき、姿を隠したままで射撃できるような次世代軍用小銃を開発中である。次世代軍用小銃は、小銃用弾薬だけでなく、敵の上空で炸烈(さくれつ)するようにプログラムできる榴弾(りゅうだん)を発射する機能も組み込まれることになる。[床井雅美]

日本における銃の歴史

日本における銃の歴史は、1543年(天文12)に遭難し種子島(たねがしま)に漂着したポルトガル人が、2丁のマッチロック銃(火縄銃)を伝えたことに始まる。このときに日本に伝わったマッチロック銃は、火縄が後方から前方に回転する型式で、当時ポルトガルで一般的だった火縄が後方に回転する方式と異なっていた。火縄が前方に回転する方式は中近東やインドで一般的に製造されており、日本に伝えられたマッチロック銃も、ポルトガル植民地だったインドのゴアで製造されたものの可能性が高い。
 当時日本は戦国時代で、ポルトガル人が伝えた火縄銃は、すぐに種子島でコピーされて製造され、種子島銃とよばれるようになった。各大名の新兵器に対する需要は高く、種子島だけでなく、堺(さかい)や近江(おうみ)の国友、日野などでも製造が始められ、火縄銃は急速に日本各地に広がっていった。なかでも織田信長は、戦闘に銃を大量に使用して戦果をあげた。1575年(天正3)の長篠(ながしの)の戦いで織田信長は、3000丁以上の火縄銃を集中的に使用して甲州騎馬隊を撃破した。
 徳川幕府が成立すると、幕府は戦力としての火縄銃を恐れ、さまざまな制限を加えた。新たに製造される火縄銃の製造台数や口径、購入者などを制約し、新型火縄銃の開発も厳しく禁止した。幕府の銃砲に対する規制と鎖国政策によって、海外の新たな情報が流入しなくなり、日本における銃の発展改良は幕末まで停滞した。
 1806年(文化3)ロシア兵が択捉(えとろふ)島に上陸した事件などから、天保年間、日本の国防が急務となり、海外の新型銃と射撃に関して関心が集まるようになった。唯一の開港地だった長崎を通じ、わずかだがヨーロッパの小銃が輸入され、1842年(天保13)伊豆の韮山(にらやま)で、高島四郎太夫(しろうだゆう)(高島秋帆(しゅうはん))と江川太郎左衛門(坦庵(たんなん))によってコピーが製造されるようになった。ヨーロッパの小銃は、オランダを通じて輸入されたため、当時オランダ語の小銃を意味するゲベールからゲベール銃(ゲベァー銃)と総称されるようになった。その後、ヨーロッパやアメリカのコピー小銃は、水戸藩、松代藩、佐賀藩、宇和島藩、薩摩藩などでも製造された。
 1859年(安政6)に通商条約が結ばれると、ヨーロッパやアメリカから、新旧さまざまな型式や多様な機種の小銃が大量に日本に流入した。その数は膨大で、幕末の戦乱をくぐり抜け、1872年(明治5)に明治政府へ届けられた小銃は18万1012丁にのぼり、比較的数量がまとまっている小銃だけでも40機種以上もあった。
 廃藩置県を行った明治政府は、1872年に各地に鎮台兵を組織し、東京に御親兵をおいて近代軍を組織した。当時、国内に近代的な工業基盤をもっていなかった明治政府は、鎮台兵や御親兵の武装用として、幕末期に流入した小銃から近代的で数量のそろったものを選択することになった。
 1873年には、フランスから招聘(しょうへい)された砲兵大尉ジョルジュ・ルボンが小銃の選択作業を行い、フランス製シャスポー銃、ドイツ製ドライゼ銃(ドレイス銃)、イギリス製スナイダー銃(スナイドル銃)、イギリス製エンフィールド銃(エンヒールド銃)などを選択した。しかし、選択された小銃のなかには、新型ながら数量が十分でなかったり、性能が不安定で不発が多い製品が含まれていた。1875年明治政府は、比較的数量がそろっており、日本で旧式エンフィールド前装式小銃から改造できるスナイダー銃を歩兵用小銃に制定し、騎兵や砲兵、輜重(しちょう)兵用としてアメリカ製スペンサー騎銃(スペンセル騎銃)とスター騎銃(スタール騎銃)を選定した。
 幕府の関口小銃製造所を接収した明治政府は、海外から小銃製造機械類を輸入して設備の近代化を図って東京砲兵工廠(こうしょう)を整備した。また海外から技術者を招聘、一方、学生を海外に派遣するなどして近代小銃の国産化を目ざした。
 1880年(明治13)、陸軍少佐(当時)村田経芳(つねよし)が設計した口径11ミリの単発ボルトアクション小銃が完成し、この村田銃は十三年式村田銃に制定され国産初の制式小銃となった。その後、十三年式村田銃は、85年(明治18)に小改良が加えられ、軽量化されて十八年式村田銃となった。
 1889年(明治22)になると、口径を8ミリと小さくして連発式に改良した連発式村田銃(二十二年式村田連発銃)が制定される。発展型として、全長の短い連発式村田騎銃も製造された。
 無煙火薬が国産されるようになると、陸軍大佐(当時)有坂成章(なりあきら)は、口径を6.5ミリに小さくし、マウザー小銃を原型としたボルトアクション式小銃を完成させた。この小銃は1897年(明治30)に三十年式小銃(三十年式歩兵銃)に制定された。三十年式小銃の発展型には、全長の短い三十年式騎銃と、小改造され海軍の制式となった三十五年式海軍銃がある。
 三十年式小銃の機関部強度に問題が発見され、陸軍中将南部麒次郎(なんぶきじろう)(1869―1949)が機関部に改良を加え設計した新型小銃は、1905年(明治38)三八式小銃(三八式歩兵銃)として制定された。三八式小銃の発展型には、全長の短い三八式騎銃と狙撃兵用に照準スコープを装備させた三八式狙撃銃がある。
 三八式騎銃を原型に、騎兵専用に折りたたみ式銃剣を装備させ、1911年(明治44)に四四式騎兵銃が制定された。三八式狙撃銃は、その後発展的に改良され、1937年(昭和12=皇紀2597)九七式狙撃銃に制定された。
 前線で機関銃弾の弾薬との共通性をもたせるため、三八式小銃を原型に口径を7.7ミリに増大した九九式小銃が、1939年(昭和14=皇紀2599)軍の制式小銃に加えられた。九九式小銃には、全長のやや短い短小銃があり、この型式がより多数製造された。九九式小銃の発展型としては、狙撃兵用のスコープを装備させた九九式狙撃銃や、銃身を取り外すことで小さく格納できる落下傘部隊用の二式小銃が1942年(昭和17=皇紀2602)に制定された。
 第二次世界大戦終結までに、日本でも自動装填式銃が数機種研究されていたが、いずれも試作段階で終わり量産されなかった。第二次世界大戦後、自衛隊が創設されると、初めアメリカ供与の自動装填式銃のM1ライフルや、M1ライフルと弾薬が共用できるよう改造された九九式小銃が武装に用いられた。1964年豊和工業が開発したアサルトライフルの64式小銃が自衛隊に制定されると、自衛隊の武装は国産の64式小銃に交換された。小口径高速弾を使用するアサルトライフルが各国の軍用小銃の主流になると、自衛隊も1989年(平成1)に口径5.56ミリの新型89式小銃を制定し、旧型となった64式小銃と交換を進めた。[床井雅美]

現用銃の分類

現在使用されている銃は、用途別に軍や警察が対人戦闘に用いるものと、民間人が射撃や狩猟に使用するスポーツ用に区分できる。しかし、同一口径ならば弾薬をどちらの銃器でも使用できるため、基本的な殺傷威力に大きな差はない。また本来狩猟用の手動連発式のライフルが軍用狙撃銃に転用されたり、散弾銃が警備用に改造されて軍や警察で用いられたりするケースもある。
 形態機能的にみると、片手で扱える自動装填式拳銃(セミオートマチック・ピストル)とリボルバー(回転式拳銃)が、もっとも小型の銃器である。現代の拳銃は、軍用と民間向けの大型拳銃に大きな区別がない。
 警察や軍の特殊部隊などが、近距離での戦闘に用いる拳銃用弾薬を射撃する自動式(フルオートマチック)銃器をサブマシンガンとよぶ。このなかには特殊化され、発射音を低くできる消音式のものもある。
 両手で扱う銃器で軽量のものにライフルがある。ライフルには、射撃競技などで使用される単発式、狩猟や射撃スポーツなどに使用される手動連発式や自動装填式(セミオートマチック)がある。ライフルのなかで銃身の長さの短いものをカービンとよんで区別することもあるが、長さに明確な基準はない。軍隊で使用する歩兵用ライフルの多くは、突撃銃とよばれるもので、自動装填式連射のほか、引き金を引いている間連射が続く自動式機能を備えるのが普通となっている。また銃口先端に銃剣を装着したり、榴弾を発射できる機能をもつものも多い。
 ライフルは毎回1発の銃弾を発射するが、一時に多数のボールベアリング状の鉛製弾丸を発射するものを散弾銃(ショットガン)とよぶ。もともと鳥猟や小型の動物の狩猟用だが、大きな弾丸や一発弾なども使用でき、大型獣の狩猟にも用いられるようになった。また、散弾銃を警備用として軍隊や警察で用いている国もある。
 軍用としてさらに長時間の自動式連射を行うため、太い銃身を装着し脚で安定させて射撃するものが機関銃である。従来、二脚を装着したものを軽機関銃、三脚に装備したものを重機関銃とよんでいたが、現代の機関銃は、同一の銃をそれぞれに転用するのでとくに区別しなくなった。従来の軽機関銃にかわり、機関銃をさらに軽量小型にして、歩兵用ライフルの弾薬や部品が共用でき、1人で運用できるようにしたものが分隊支援火器(分隊支援機関銃)である。
 軍用として特殊な種類に属する銃としては、手榴弾を手で投げるより遠くへ正確に射撃するためにつくられた擲弾(てきだん)銃(グレネードライフル/グレネードピストル)がある。1980年代に入ると、大型で機関銃のように連射できるものなど、さまざまな製品が製造されるようになったため、これらを擲弾機(グレネードランチャー)と総称するようになった。
 これらのほかに特殊銃として、水中で使用する水中銃がある。もともと民間向けに開発され、魚などをとる銛(もり)を発射するものだが、現代の特殊部隊用に水中で大型の弾丸を発射する水中ピストルや、水中で連射できる水中突撃銃も開発されている。救難用には、弾丸のかわりにロープをつないだ重りを発射する救難銃が製作されている。同様に助けを呼んだり、交信するために空中に信号弾を発射する信号拳銃(シグナルピストル)もさまざまな形式でつくられた。産業用の特殊な銃としては、コンクリートなどにスチール製の釘を打ち込む鋲打(びょううち)銃や、食肉用の動物をと畜するためのと畜銃などがある。
 なお、銃の規制に関する法律については「拳銃」の項目を、銃を用いた競技については「クレー射撃」「射撃競技」「ピストル競技」「ライフル射撃」の項目を参照。[床井雅美]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内のの言及

【弾薬】より

…狭義には拳銃,小銃,大砲などの火器や火砲から発射されるものをいう。広義にはこのほか,爆弾,ミサイル,ロケット弾など軍事的に敵に向かって投射または発射されるあらゆる飛翔体をいい,さらにすべての爆発物,爆発装置,火工品をさすこともある。…

※「銃」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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