(1)狂言の曲名。脇狂言,果報物。大蔵,和泉両流にある。ある果報者(富豪)が,祝宴の来客への進物用に末広がり(扇の一種)を買い求めるため,太郎冠者を都へつかわす。末広がりが何であるかを知らない太郎冠者が,〈末広がり買おう〉と都大路を呼び歩いていると,都のすっぱ(詐欺師)に呼びとめられる。太郎冠者を田舎者と見てとったすっぱは,ことば巧みに太郎冠者をだまし,傘を末広がりといつわって売りつける。高い値で傘を求めて帰った太郎冠者は,主人に厳しく叱責されるが,すっぱが主人の機嫌の悪いときに囃せといって教えてくれた囃し物を思い出し,〈傘をさすなる春日山……〉と拍子おもしろく謡い舞う。立腹していた主人の機嫌もしだいに直り,ついに浮かれ出して,主従仲よく謡って囃し回る。登場人物は,果報者,太郎冠者,すっぱの3人で,果報者がシテ。主命で使いに出た太郎冠者が無知ゆえに取り違えの失敗をするというのは,多くの狂言に見られる類型的な構想だが,本曲はそれらの原型であるとともに,脇狂言としてのおおらかな祝言性を基調としている。《天正狂言本》にも載っている古作の狂言。
執筆者:羽田 昶(2)歌舞伎舞踊。長唄。1854年(安政1)3月江戸中村座の《花観台大和文庫》の序幕に劇中劇の形で上演された。本名題《稚美鳥末広(わかみどりすえひろがり)》。作詞3世桜田治助,作曲10世杵屋六左衛門,振付3世藤間勘十郎(亀三勘十郎)。同名の狂言をもとにしているが,趣を変え,大名を女,太郎冠者を恋の使として後半の囃し物のくだりを中心に舞踊化したもの。のどかな曲で初心者向。最近では一人立ちの祝儀物の素踊として演じられることが多い。狂言《末広がり》には常磐津節,一中節にも明治期の新作がある。
執筆者:権藤 芳一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。脇(わき)狂言、果報物。「末広」と書いても「すえひろがり」と読む。大果報者(だいかほうもの)(大金持ち。シテ)が、供応の引出物(ひきでもの)に末広がり(扇の一種)を進上しようと、太郎冠者(かじゃ)を都へ求めにやる。末広がりとはどういう物か聞いてこなかった冠者は、「末広がり、買おう」と都を呼び歩く。すっぱ(詐欺師(さぎし))が呼び止め、古傘(ふるからかさ)を末広がりだといい、「地紙(じかみ)良(よ)う……」などという注文にもうまくあわせ、高価で売りつける。冠者は喜んで帰宅するが、主人はあきれ怒って冠者を追い出す。そこで冠者は、すっぱから教えられた、主人の機嫌を直す囃子物(はやしもの)(リズミカルな謡)を「かさをさすなる春日山(かすがやま)。……げにもさあり、やようがりもそうよの」と謡っているうちに、主人はしだいに浮かれだし、ついに冠者を呼び入れ、シャギリの笛にのってめでたく終曲する。主人が囃子物のリズムに浮き立っていくところに、めでたい和やかな笑いが漂う。脇狂言の代表曲といえる。
本曲に拠(よ)った邦楽には、通称「末広がり」で知られる長唄(ながうた)(本名題(ほんなだい)『稚美鳥末広(わかみどりすえひろがり)』、3世桜田治助(じすけ)作詞、10世杵屋(きねや)六左衛門作曲、1854年江戸・中村座初演)があり、ほかに、明治前期につくられた常磐津(ときわず)『寿末広(ことぶきすえひろ)』と一中節(いっちゅうぶし)『末広(すえひろ)』などがある。
[小林 責]
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出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…歌詞は曲中の人物が即興的に思いついた形のもので,舞踊的な所作をともなう。《末広がり》など脇狂言の果報者物に用いられるが,太郎冠者が主人の機嫌をとるなどの設定で謡われ,小鼓,大鼓,太鼓が伴奏し,シャギリ留めに連結する。また,《煎物(せんじもの)》《鈍太郎(どんだろう)》などでも,神事の山車(だし),手車などの囃子に用いられている。…
※「末広がり」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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