本朝通鑑(読み)ほんちょうつがん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本朝通鑑
ほんちょうつがん

神代から慶長 16 (1611) 年までの漢文編年史。 273巻。正編 40巻,続編 230巻,前編3巻。林羅山とその子林鵞峰編纂寛文 10 (70) 年完成。羅山が寛永 21 (44) 年江戸幕府の命を受けて編纂した『本朝編年録』のあとをうけて,鵞峰が中心になって完成した。

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百科事典マイペディアの解説

本朝通鑑【ほんちょうつがん】

江戸幕府編纂(へんさん)の漢文・編年体の史書。310巻。初め林羅山神武宇多天皇の時期を《本朝編年録》として編纂。これを正編とし,羅山の没後,子の林鵞峯が業をつぎ神代を記述した前編と,醍醐〜後陽成天皇の時期を記した続編を編纂,1670年完成。儒教的合理主義の立場から叙述され,これに異論のある《大日本史》などの編纂を呼び起こした。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんちょうつがん【本朝通鑑】

神代から1611年(慶長16)に至る間の漢文による編年体の史書。林羅山・林鵞峰著。310巻。前編(神代)3巻,正編(神武~宇多)40巻,続編(醍醐~後陽成)230巻,提要30巻,付録(神祇皇運,朝職(上下),武職)5巻,目録1巻,引用書目1巻。1670年(寛文10)完成。本書ははじめ羅山が徳川家光の命で1644年(正保1)から通史編修に当たり,50年(慶安3)に神武朝から宇多朝までを完成して《本朝編年録》の書名で幕府に提出したが,明暦の大火で焼失した。

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大辞林 第三版の解説

ほんちょうつがん【本朝通鑑】

歴史書。二七三巻。林羅山・鵞峯がほう共編。1670年成立。儒教的合理主義の立場で、神代から1611年までの歴史を漢文編年体で記述する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

本朝通鑑
ほんちょうつがん

江戸前期の幕府編修の歴史書。神代から後陽成(ごようぜい)天皇に至るまでの日本の通史。中国の『資治通鑑(しじつがん)』の名称と記述法に倣ったもの。正編(初名は『本朝編年録』)は林羅山(らざん)が3代将軍徳川家光(いえみつ)の命により編修、神武(じんむ)天皇から宇多(うだ)天皇までで40巻。続編は林鵞峰(がほう)が4代家綱(いえつな)の命により1670年(寛文10)に完成、醍醐(だいご)天皇から後陽成天皇に至るまでで230巻。ほかに首2巻、前編3巻、提要30巻、付録5巻、総計310巻。編修用の建物が「国史館」で、日記が『国史館日録』。天皇一代ごとの編年体で、事実をありのままに記述し勧善懲悪の効果を期待している。記事の出典を記さない点で『大日本史』に劣るが、今日失われている多数の文書記録を含んでいる貴重な史書。本書にわが皇室の始祖を呉(ご)の太伯とした記述があったとする説(安藤為章(ためあきら)『年山紀聞(ねんざんきぶん)』)は誤伝。国書刊行会本18冊(1918~20)。[宮崎道生]
『花見朔巳著『本朝通鑑考』(『本邦史学史論叢 下巻』所収・1939・冨山房) ▽坂本太郎著『日本の修史と史学』(1958・至文堂) ▽小沢栄一著『近世史学思想史研究』(1974・吉川弘文館)』

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