中国,明末・清初の劇作家,劇評家,小説家。字は謫凡,笠翁と号した。別号に随庵主人,笠道人,新亭樵客などがある。江蘇省雉皐(如皐)の医業を営む裕福な家庭に育った。原籍は浙江省蘭渓。少壮より才子と称されたが,明末の科挙には何度か失敗し,また異民族の清朝に仕えるのを潔しとせず,江湖の文人に終始した。青年期に父を失い原籍の蘭渓に帰った李漁は,明末・清初の動乱のさなか困窮の生活をなめた。41歳をすぎて杭州に移ってからも売文で口を糊する生涯は変わらなかった。各地の達官貴人と交わっては彼らに寄食し,その足跡は天下の大半にわたったという。杭州時代には,毛先舒(1620-88)をはじめとした〈西泠十子〉の詩人たちと往来し詩賦を応酬しあうとともに,中国の伝統小説の殻とは異質な虚構性に富んだ短編小説(《無声戯》《十二楼》)や劇作に手を染めていた。
李漁が今日もっとも注目されるのは,なによりも劇作家,劇評家としてである。江湖に遊蕩した李漁は,高雅を宗とする文人たちより一介の俳優にすぎないと白眼視されたというが,ひたすら文雅な読むためのレーゼドラマの創作を事とした伝統的劇作家とは異なって(戯文),あくまでも上演を目的とした観客のための徹底した娯楽性の追求,そのための題材・演出の劇的構成,虚構の完成に腐心した。これらは彼の小説の作法に通じるものであったが,とりもなおさず高官縉紳の求めに応じて,家妾からなる自前の一座を引きつれ自作の芝居を出し物に生活の糧を求めた職業意識からくるものであったろうし,資質としてもった〈あそびの精神〉の横溢でもあった。〈中国的なバロック的発想〉と評される李漁の劇作は,その多くは杭州時代につくられ《笠翁十種曲》に収められている。また園芸,飲食などの記事の含まれる随筆《閑情偶寄》16巻のなかの5巻を占める〈詞曲部(劇作法)〉〈演習部(演出論)〉は,本格的な中国のドラマトゥルギーとして注目される。この2部は1920年代に単行されて以降,《李笠翁曲話》の書名で知られる。日本には18世紀に《笠翁十種曲》などが将来され,江戸の文壇にむかえられた。《笠翁十種曲》中の〈蜃中楼〉の一部分は八文字屋自笑によって歌舞伎に翻案された。
50歳のころ杭州から南京に移り住んだ李漁の別業は芥子園(かいしえん)と称し,ここで書肆(しよし)をも営んで《芥子園画伝》が刊行されたことは,中国の美術史上,著名な事がらである。その後また杭州の雲居山の麓に庵を結び,貧困にあえぎながらもこの地に天寿を全うした。
執筆者:山岡 久
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中国、明(みん)末清(しん)初の文人。字(あざな)は笠翁(りゅうおう)。湖上笠翁、覚世稗(はい)官などの号がある。浙江(せっこう)省蘭谿(らんけい)の出身。青年期に明末の乱にあって官途に望みを断ち、以後各地を遊歴して、時の名士たちと交わり、晩年は杭州(こうしゅう)西湖のほとりに住んで死んだ。若いころから非常な才子で、詩文はもとより、戯曲・小説にも手を染め、ことに劇作家として一世を風靡(ふうび)した。戯曲は『笠翁十種曲』が著名であり、小説には『無声戯』『覚世名言十二楼』などがあり、淫書(いんしょ)として名高い『肉蒲団(にくぶとん)』も彼の作とされる。また詩文雑著の類は、『笠翁一家言』のなかに集められているが、なかでも『閒情偶奇(かんじょうぐうき)』がもっとも知られる。これは、享楽主義者李笠翁の文学論、文明批評、審美観などを余すところなく示した好エッセイであるが、とりわけその戯曲演劇論は、古来もっとも詳細なものとされ、彼の作劇法を知るうえでも重要である。なお彼の戯曲・小説は日本にも伝わり、とくに江戸の戯作(げさく)者たちの間でもてはやされた。
[村松 暎]
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…王概(安節)・王蓍(おうし)(密草)・王皋(おうこう)(司直)兄弟の編纂。芥子園は書物出版のパトロン李漁(笠翁)の南京にあった別荘名。李漁の女婿沈心友が明の画家李流芳(長蘅)の山水画集をもとに王概に増補を依頼し,1679年(康熙18)第1集が完成。…
…しかも多くの作者たちは,結局この長編の形式を十分生かしきれず,ともすると冗長散漫な作品を生むことにもなった。こうした趨勢のなかで,とくに注目される作家が《笠翁十種曲》と呼ばれる10種の戯曲をつくった李漁である。彼は従来の曲辞偏重主義を排し,あくまでも上演されておもしろい芝居づくりを目ざして,一般通俗のレベルから戯曲本来のあるべきすがたをとらえたのだった。…
※「李漁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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