村上水軍(読み)ムラカミスイグン

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

村上水軍

南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海の広い地域を支配した海賊衆。輸送船から通行料を取って水先案内警護にあたり、海の安全や交易流通を担う重要な役割も果たした。戦いでは小型の船を操り、火薬を用いた戦闘を得意とした。拠点の島ごとに3家に分かれ、豊臣秀吉海賊禁止令(1588年)ごろまで勢力を保った。

(2014-04-27 朝日新聞 朝刊 2社会)

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百科事典マイペディアの解説

村上水軍【むらかみすいぐん】

南北朝時代から戦国時代,瀬戸内海で活動した村上氏の水軍(海賊衆)。村上氏は伊予能島(のしま),同来島(くるしま),備後因島の3家に分かれるが,同一氏族であったかについて疑義もある。伊予の河野氏に属し,遣明船の警固にあたり,また船舶から通行税を徴収,ときに倭冦ともなった。1555年の厳島の戦を契機に毛利氏に従い,石山合戦では織田水軍を破り,石山本願寺に兵糧を入れたことで知られる。関ヶ原の戦後,来島(久留島)氏は豊後森藩主となり,能島・因島両家は船手組として萩藩毛利氏に仕えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

むらかみすいぐん【村上水軍】

室町・戦国時代の瀬戸内水軍(海賊衆)。南北朝時代より芸予諸島に拠って瀬戸内海の制海権を握り,海賊的行為のほか日常は豊富な海上輸送の通行料をとる警固衆として活動した。一族は伊予の能島(のしま),来島(くるしま),備後の因島を拠点とする3家に分かれて三島村上氏と呼ばれ,伊予の河野氏に属したが,自立的性格が強かった。戦国時代には来島通康が河野通直の女婿として河野家中に重きをなしたほか,能島武吉,因島吉充が活躍した。

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大辞林 第三版の解説

むらかみすいぐん【村上水軍】

南北朝・室町・戦国期の瀬戸内水軍(海賊)。来島・能島・因島をそれぞれ根拠地とする村上三氏を中核として瀬戸内海の制海権を握り、海賊行為や警固料徴収などを行なった。

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精選版 日本国語大辞典の解説

むらかみ‐すいぐん【村上水軍】

中世、瀬戸内海で活躍した海賊衆。能島・因島・来島などを根拠地にした村上氏一族を中心に、室町幕府や有力守護大名などから海上警固を命じられたりして勢威をふるった。

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世界大百科事典内の村上水軍の言及

【伊予国】より

…東予地方には,細川氏の被官から成長した石川氏が新居郡の高峠(たかとうげ)城(西条市)を拠点にして勢力をはり,南予地方では,鎌倉期の守護の末裔と伝えられる宇都宮氏が地蔵岳(じぞうがだけ)城(大洲市)に,またかつての宇和荘の荘園領主の流れをくむと伝えられる西園寺氏が黒瀬城(東宇和郡宇和町)を拠点にしてそれぞれ勢力を有した。また芸予諸島を中心とする瀬戸内海域では,村上水軍を中心とする海賊衆の活躍が見られた。村上氏は南北朝期から姿を見せはじめるが,その活躍の最もめざましいのは戦国期である。…

【因島】より

…かつて主産物であった除虫菊は,今は栽培農家がない。荘園時代は塩の特産地として重視され,室町~戦国時代は村上水軍の根拠地となっていたので,その城跡をはじめ金蓮(こんれん)寺や法楽踊,水軍太鼓など村上氏ゆかりの文化財が多い。海運業は江戸時代を通じて盛んだったが,明治に入ると衰微した。…

【水軍】より

…同じく熊野海賊出身の堀内氏善(紀伊新宮)や杉若氏宗(紀伊田辺)も大名化している。村上水軍(海賊)を構成する能島氏,来島(くるしま)氏,因島氏らは古くから瀬戸内海の交通を支配していたが,同じく瀬戸内の海賊衆である乃美氏,小泉氏,生口氏らは小早川氏の一族であったことから,村上海賊と毛利,小早川氏との間に盟約関係が結ばれるようになる。北九州の海賊衆である松浦党(まつらとう)の場合も,中世末期には平戸松浦氏,宇久五島氏らによって統合がすすめられるなかで天下統一を迎えた。…

※「村上水軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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