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東山桜荘子 ヒガシヤマサクラソウシ

世界大百科事典 第2版の解説

ひがしやまさくらそうし【東山桜荘子】

歌舞伎狂言。時代世話物。7幕。別名題《東山殿花王彩幕(ひがしやまどのさくらのいろまく)》《返咲桜草子(かえりざきさくらそうし)》。通称《佐倉義民伝》《佐倉宗吾》。3世瀬川如皐作。1851年(嘉永4)8月江戸中村座初演。おもな配役は,浅倉当吾・下部須磨平・舞指南東雲(しののめ)を4世市川小団次,白拍子桂子・足利光氏を3世岩井粂三郎(のちの8世半四郎),細川勝元を3世沢村源之助,浅倉当左衛門・植村隼人・高岡主計を11世森田勘弥(4世坂東三津五郎),藤の方・当吾女房を2世尾上菊次郎,足利義政・織部政知・幻長吉・仁木喜代之助・渡し守甚兵衛を4世坂東彦三郎。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東山桜荘子
ひがしやまさくらそうし

3世瀬川如皐(じょこう)作の最初の佐倉義民伝劇。7幕28場。1851年(嘉永4)江戸・中村座初演。歌舞伎(かぶき)史上最初の農民一揆(いっき)劇である。『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』と絡ませたのは東山時代のことにするためであったが、農民の相手を将軍の分家織越政知(おりこしまさとも)としたことは幕府をも批判の的に含ませることになっている。主人公佐倉宗吾(そうご)の名は浅倉当吾(あさくらとうご)となっている。1861年(文久1)の再演のとき、これら8場が削除されたのは、そのためであろう。残り20場で、一揆の原因となった領主側の暴政が具体的に示され、これに対する農民代表の国元での訴願、代官所の大衆的襲撃、首都への代表出訴、藩内部の善政派と収奪派との対立、代表出訴の拒否と投獄、将軍への直訴(じきそ)という闘争の諸段階が継起的に描かれ、収奪派の家老・代官らの破廉恥(はれんち)罪による宗吾(当吾)夫妻や3人の子供の拷問(ごうもん)、惨殺によって宗吾亡霊が藩主に祟(たた)るまでが語られる。「どこの国にうぬが内へ窓を明(あけ)るにも運上(うんじょう)、升(ます)を買っても運上のと、五ヶ年跡の日照の時に八千石の皆無(かいむ)、其(その)年貢迄(まで)とろうと言出し、それじゃ小前(こまえ)のものはなんで喰(くわ)れう、これァ大かた下(し)もの百姓をほしころそうというのであんべいかい、なさけねへ御地頭(おじとう)さまだ」「此儘(このまま)捨て置く時はお百姓様の威光が薄くなるというもの」と百姓の台詞(せりふ)、「手前などは御納戸(おなんど)兼帯御勝手を相勤(あいつとめ)、治世に乱を忘れずと御貯(おたくわえ)の軍用金、あるが上にもふやすが忠義(ちゅうぎ)、百姓ばらに金を持(もた)せば栄耀(えよう)にふけり、農業の妨げ、金銀をたくはへさせぬがお上(か)ミへの忠義」という収奪派家老の発言、「三ヶ国はわが領内、金銀米銭はいうに及ばず、民百姓はもとよりむしけらに至る迄(まで)、此(この)政知が心の儘(まま)」という藩主の発言、「天下は一人の天下に非(あら)ず、天下の人の天下也(なり)……百姓は天下の宝、其領主の我意につのり、からき政事にうみつかれ、他国へ逃散(ちょうさん)なす時は国に耕す民なければ百万石も草原同然」という善政派家老の発言などは、幕末期の民衆の社会・政治意識の成長のほどをよく示している。刊本はなく、台帳が国立国会図書館、早稲田(わせだ)大学演劇博物館などに所蔵。[林 基]

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世界大百科事典内の東山桜荘子の言及

【怪談】より

…上方では4世市川小団次・市川斎入(さいにゆう)(右団次)系の亡霊の芸が残された。著名な怪談物には《東海道四谷怪談》,《彩入御伽艸(いろえいりおとぎぞうし)》(小幡小平次),《実成金菊月(みのりよしこがねのきくづき)》(皿屋敷),《東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)》(佐倉宗吾)などがある。怪談物の眼目の一つにはケレン(トリック)の演出があり,観客の意表をつく仕掛物や早替りの技術が発達した。…

【義民物】より

…義民物の劇化上演が,嘉永年間(1848‐54)にいたって可能となったのは,幕府の統制がゆるみ権威が失墜した一つのあらわれであった。1851年(嘉永4)8月江戸中村座初演の《東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)》(3世瀬川如皐作)は,それまでに流布されていた実録本《地蔵堂通夜物語》や一立斎文車,石川一夢らの講釈で演じられていた正保年中(1644‐48)に起きた佐倉領の強訴事件に取材し,大当りをとった作。65年(慶応1)8月中村座の《上総棉小紋単地(かずさもめんこもんのひとえじ)》(市兵衛記)や85年(明治18)12月大阪中座《実事譚佐倉聞書(じつせつさくらのききがき)》,86年12月東京新富座の《文珠智恵義民功(もんじゆのちえぎみんのいさおし)》など一連の義民物の上演の背景には幕末・明治期に起きた百姓一揆や自由民権運動が反映している。…

【佐倉惣五郎】より

…その無実の罪の内容は不明確であるが,後の堀田氏がある程度信じたことは事実である。それが《地蔵堂通夜物語》などの小説によって肉付けされ,さらに1851年(嘉永4)には《東山桜荘子(ひがしやまさくらそうし)》という戯曲になって江戸中村座で上演され,堀田氏の苛斂誅求と惣五郎の直訴,処刑,祟が筋として定着した。幕末には農民一揆の鼓吹のために利用され,明治になると自由民権運動の先駆者とされるなど,社会史的意義はきわめて大きい。…

※「東山桜荘子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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