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松前[町] まさき

百科事典マイペディアの解説

松前[町]【まさき】

愛媛県中部,伊予郡の町。松山市伊予市の間,重信(しげのぶ)川の河口左岸を占める。主集落は1595年から松山築城まで加藤嘉明の居城地。かつて行商を営んでいたが,1938年東洋レーヨン(現,東レ)愛媛工場が進出,工業の町となった。

松前[町]【まつまえ】

北海道松前郡,北海道南端の町。15世紀中ごろ蠣崎(かきざき)氏の居館ができ,1606年(慶長11年)松前氏が福山館(現,松前城)を築いて以後は松前藩城下町として,北海道と本土の連絡地,海産物集散地として栄えた。
→関連項目時規物語ラクスマン

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世界大百科事典 第2版の解説

まさき【松前[町]】

愛媛県中央部,伊予郡の町。人口3万0106(1995)。伊予灘に注ぐ重信川の河口南岸に位置し,松山平野の中にあって肥沃な水田地帯である。中心集落の松前には,1595年(文禄4)文禄の役の功により伊予に6万石を与えられた加藤嘉明の松前城があり,1603年(慶長8)松山に城が移されるまで城下町として栄えた。江戸時代は松前浜を中心とする漁村で,陸揚げされた鮮魚は,婦人たちが頭上の桶に入れて松山城下や近郷に行商に出,彼女らは〈松前のおたた〉とよばれた。

まつまえ【松前[町]】

北海道南西部,渡島(おしま)支庁松前郡の町。1940年福山町から改称。人口1万2151(1995)。松前半島南西部に位置し,南と西は日本海に面する。西方海上の大島(渡島大島),小島(松前小島)を含む。〈まつまえ〉の名は,アイヌ語の〈マトマイ=ヲ・マツ・ナイ(婦人のいる沢)〉または〈マトマイ=マツ・オマ・イ(婦人のいる所)〉によるともいわれるが,近世には現在の町の中心地である松前氏の城下福山の異称のほかに,〈松前地〉のように蝦夷地に対して和人の居住地としての和人地(シャモ地)の意,および〈松前島〉のように現在の北海道そのものの意にも用いられた。

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世界大百科事典内の松前[町]の言及

【福山】より

…北海道渡島(おしま)半島南西端にある松前町の旧名。室町・戦国期には安東氏の蝦夷島支配の拠点となり,15世紀中葉には下国安東氏が館(大館)を構えていたが,1513年(永正10)アイヌの攻撃にあい落城,翌14年蠣崎(かきざき)氏(のちの松前氏)が大館に移住し,安東氏より蝦夷島支配を公認されて以来,その拠点となった。…

※「松前[町]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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