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松平信明 まつだいら のぶあきら

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美術人名辞典の解説

松平信明

江戸後期の老中。三河吉田藩主。信礼の子。幼名は春之丞・伊豆守。松平定信の信厚く、寛政の改革に協力した。蝦夷地開拓を推進する。また学を好み、太田錦城を藩に招いた。文化14年(1817)歿、55才。

出典|(株)思文閣
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朝日日本歴史人物事典の解説

松平信明

没年:文化14.8.29(1817.10.9)
生年:宝暦10(1760)
江戸後期の老中。父は信礼。通称は春之丞。伊豆守。明和7(1770)年三河(愛知県)吉田藩7万石を継ぐ。側室の多いことを松平定信に注意され,深く反省したという。その定信に信任され,天明8(1788)年側用人,次いで老中となり寛政の改革に協力。尊号事件の公家処罰をめぐり定信と対立するなど,気骨ある人物だった。定信辞職(1793)後の幕政の中心となる。享和3(1803)年病気で辞職したが,文化3(1806)年再任され老中首座となり死ぬまで務めた。「寛政の遺老」のひとりとして改革政治を継続したが,蝦夷地直轄,開発策をとり,改革期とは反対の政策も推進した。

(藤田覚)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

まつだいらのぶあきら【松平信明】

1763‐1817(宝暦13‐文化14)
江戸後期の大名。三河国吉田藩主。信礼(のぶうや)の子。母は村雨氏。幼名春之丞。伊豆守。1770年(明和7)幼くして家督を継ぎ,奏者番・側用人(そばようにん)を経て88年(天明8)老中に就く。松平定信をたすけて寛政改革を推進したが,定信の引退後は老中首座にすすみ,改革の方針を踏襲した。1803年(享和3)老中を退いたが06年(文化3)復帰し,没時までその職にあった。【大口 勇次郎】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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大辞林 第三版の解説

まつだいらのぶあきら【松平信明】

1763~1817) 江戸後期の大名。三河吉田藩主。松平定信の信任を得て老中に昇進、寛政の改革に協力。

出典|三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松平信明
まつだいらのぶあきら

[生]宝暦10(1760).江戸
[没]文化14(1817).8.29. 江戸
江戸時代後期の三河吉田藩主,幕府老中。川越藩主松平信綱7代の孫。信礼 (のぶうや) の子。定信の片腕として寛政の改革で活躍した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松平信明
まつだいらのぶあきら
(1763―1817)

江戸後期の大名。信礼(のぶうや)の子。幼名春之丞(はるのじょう)。1770年(明和7)家督を継いで三河吉田7万石の藩主となり、77年(安永6)伊豆守(いずのかみ)に任じた。84年(天明4)奏者番(そうじゃばん)となり、やがて老中首座松平定信(さだのぶ)の信任を得て、88年2月側用人(そばようにん)に抜擢(ばってき)され、ついで4月老中に昇進、定信が断行した寛政(かんせい)の改革政治に活躍した。93年(寛政5)定信退任後は、老中首座となって改革の政治路線を継承、いわゆる「寛政の遺老」の中心人物となった。1803年(享和3)にいったん老中を辞したが、06年(文化3)ふたたび老中となり、17年(文化14)8月29日に没するまで幕閣の筆頭責任者として敏腕を振るった。「知恵伊豆(いず)」と称された松平伊豆守信綱(のぶつな)の7代目の子孫にあたるので「小伊豆」と称された。[竹内 誠]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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世界大百科事典内の松平信明の言及

【吉田藩】より

…三河国(愛知県)吉田に藩庁を置いた譜代中小藩。1869年(明治2)版籍奉還の際,豊橋藩と改称。1601年(慶長6)松平(竹谷)家清,12年松平(深溝)忠利,32年(寛永9)水野忠清,42年水野忠善,45年(正保2)小笠原忠知,97年(元禄10)久世重之,1705年(宝永2)牧野成春,12年(正徳2)松平(大河内)信祝(のぶとき),29年(享保14)松平(本庄)資訓,49年(寛延2)松平(大河内)信復(のぶなお)と,近世中期まで大名の交替が相次ぎ,歴代には小笠原長重,久世重之,松平信祝,信明(のぶあきら),信順(のぶより),信古(のぶひさ)と幕府の要職についたものが多い。…

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