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松本謙三 まつもとけんぞう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松本謙三
まつもとけんぞう

[生]1899.3.21. 富山
[没]1980.9.15. 埼玉
能楽ワキ方下掛り宝生流。 1909年,11歳で宝生新に入門,翌 1910年『岩船』で初舞台。 1953年,『砧』ほかの演技で芸術祭奨励賞受賞。 1959年第1回広瀬記念楽賞受賞。 1966年,重要無形文化財保持者の認定を受ける。霞会を主宰した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松本謙三 まつもと-けんぞう

1899-1980 大正-昭和時代の能楽師ワキ方。
明治32年3月21日生まれ。11歳で上京,下掛り宝生(ほうしょう)流10代家元宝生新(しん)にまなぶ。昭和41年人間国宝。弟子に野口敦弘。昭和55年9月15日死去。81歳。富山県出身。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松本謙三
まつもとけんぞう
(1899―1980)

能役者。下掛(しもがか)り宝生(ほうしょう)流ワキ方。富山県に生まれる。能楽囃子(はやし)方養成に大功のあった池内信嘉(のぶよし)の勧めで上京、11歳で下掛り宝生流10世宗家宝生新(しん)に師事。宝生新の没(1944)後は、相弟子の宝生弥一(やいち)とともにワキ方を代表し、重厚で存在感に優れた舞台を勤めた。1966年(昭和41)重要無形文化財各個指定(人間国宝)。ワキ方の主張を生かした霞(かすみ)会を主催、シテの名人を迎えて歴史に残る名舞台を提供した。また都民劇場の組織に協力、能の普及に努めた。[増田正造]

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世界大百科事典内の松本謙三の言及

【宝生流】より

…1870‐1944)は,初世梅若万三郎とともに1937年第1回の帝国芸術院会員となった名人。新の高弟に,松本謙三(1899‐1980。人間国宝),宝生弥一(1908‐85。…

※「松本謙三」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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