中国,漢の高祖の功臣。字は子房。その家柄は代々韓の宰相であった。韓が秦に滅ぼされると,その仇を報じようとして,巡幸中の始皇帝を博浪沙(はくろうさ)(河南省陽武県の南)で襲撃するも失敗。秦の追捕をのがれて下邳(かひ)(江蘇省邳県の南)に隠れた。このとき黄石老人から太公望呂尚(りよしよう)の兵法書を授かったといわれる。陳勝・呉広の挙兵に呼応してたち上がり,劉邦に従ってその軍師となった。秦軍を破って関中に入り,秦都咸陽をおとし,有名な鴻門(こうもん)の会では劉邦を危地から救い,さらに項羽を追撃して自害に追いやるまで,彼はつねに劉邦の帷幕(いばく)にあって奇謀をめぐらし,漢を勝利にみちびいた。漢の天下平定にともないその功績によって留侯に封ぜられたが,そののちも長安に都すべきことを進言したり,蕭何(しようか)を相国に推したり,また恵帝の擁立に努めるなど,漢帝国創建に果たした役割は大きい。死後,文成侯と諡(おくりな)された。
執筆者:永田 英正
能の曲名。四・五番目物。観世信光(のぶみつ)作。シテは黄石公(こうせきこう)。漢の高祖に仕える張良(ワキ)は,夢の中で不思議な老人に出会い,5日後に下邳(かひ)の土橋で兵法を伝授してもらう約束をする。下邳に出向くと,老人(前ジテ)はすでに来ていて遅参を咎(とが)め,さらに5日後に来いといって消え失せる。張良が今度は早暁に行くと,威儀を正した老人が馬でやって来て黄石公(後ジテ)と名のり,履いていた沓(くつ)を川へ蹴落とす。張良はすかさず飛び下りて拾おうとするが,激流に阻まれて果たせない(〈中ノリ地〉)。そこへ大蛇(ツレ)が現れて沓を拾い,いどみかかるが,張良は剣を抜いて沓を奪い,黄石公に履かせる(〈早笛(はやふえ)・ノリ地〉)。その働きを見て,黄石公は秘伝の巻物を張良に与える。大蛇は観音の仮の姿であった。また,黄石公は遥かの高山に上り,金色に光り輝く黄石と化した。眼目の中ノリ地をはじめワキの見せ場が多く,ワキ方の重い伝授物となっている。
執筆者:横道 万里雄
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能の曲目。五番目物。五流現行曲。観世(かんぜ)小次郎信光(のぶみつ)作。漢の高祖の臣下張良(ワキ)は夢のなかで老翁に会い、馬上から落とした沓(くつ)を拾って履かせたことから、兵法伝授を約された。半信半疑で出かけると、老翁(前シテ)は張良の遅刻を怒り、再会を試すといって消えていく。後日、張良は同じ橋のたもとで威風正しい黄石公(こうせきこう)(後(のち)シテ)と会い、川に落とされた沓を拾おうとするものの、大蛇(ツレ)が現れて妨げるが、剣を抜いて沓を奪い、黄石公に履かせる。試練に合格した張良は、兵法の奥義を授けられ、大蛇は守護神になろうと消える。激流に沓を拾う演技が見もので、後見の投げる沓の落ちた位置によって臨機に演技せねばならず、ワキの重い習いであり、ワキ方にとっての登竜門の能である。
[増田正造]
中国、漢の高祖劉邦(りゅうほう)の功臣。祖父、父は韓(かん)王の宰相であり、韓の貴族の家に生まれる。紀元前230年、韓が秦(しん)に滅ぼされると、韓のために家財を費やして始皇帝の暗殺を企てるが、失敗して下邳(かひ)(江蘇(こうそ)省)の地に逃れた。のちに沛公(はいこう)劉邦が挙兵すると、逃亡中に橋上で会った老父から学んだ太公望の兵法を説いて従い、影の画策者として沛公軍を支えた。項羽(こうう)との「鴻門(こうもん)の会」において沛公を危急から救ったことはよく知られている。その後、留侯に封ぜられ、沃野(よくや)千里の要害の地である関中に都を置くことを献策する。司馬遷(しばせん)の『史記』には、蕭何(しょうか)、曹参(そうさん)、陳平、周勃(しゅうぼつ)らとともに開国の功臣として別格に扱われ、諸侯の系譜を述べた「世家(せいか)」に伝記が収められている。
[鶴間和幸]
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…たとえば,《翁》や三番目物のシテには白を用い,太刀持や立衆など身分の低い役柄には萌葱を用いる。ワキは浅葱(あさぎ)を用いるのが普通だが,《張良(ちようりよう)》などワキのとくに活躍する能では赤を用いたりする。
[狂言装束]
狂言の装束も,上衣,着付,袴の類などに分けられること,各種の扮装類型のあることなど基本的な性格は能と共通している。…
※「張良」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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