日本の化学者。中国東北部(旧、満州)に生まれる。1958年(昭和33)東京大学工学部卒業、1960年にアメリカ合衆国のペンシルベニア大学に留学、1963年に博士号を取得。その後、パデュー大学の研究員、助手を経て1979年に同大教授。1999年(平成11)から同大特別教授となった。2種の有機化合物を結び付けて新しい化合物をつくりだすカップリングの研究開発に取り組む。2010年(平成22)に「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」の業績で、リチャード・ヘック、鈴木章(あきら)とともにノーベル化学賞を受賞した。
カップリングの研究では、化学反応を仲介する触媒と、2種の化合物の材料を効率よく結び付けることがポイントになる。ノーベル賞を共同受賞したヘックは、1972年にパラジウムを触媒として使い、カップリングを効率よく進め、意図したとおりの化合物をつくりだす方法を確立した。これをきっかけに、反応の効率を高める触媒と、2種の材料が結び付くときのつなぎ替えの目印にどのような物質を使うかで新たな研究競争が始まった。根岸は、触媒にパラジウムを使い、つなぎ替えの目印にリチウムやマグネシウムを試みたが、反応が強すぎてパラジウムの働きを弱めてしまうことが判明。そこで、亜鉛化合物を使う方法で実験を重ねた結果、より効率よく安定した反応が得られた。この方法は「根岸カップリング」とよばれ、幅広い応用の道を切り開いた。また、共同受賞者の鈴木は、より安全で扱いやすい有機ホウ素化合物を使い、汎用性の高い「鈴木カップリング」を開発した。こうしたカップリング法の開発と発展は、薬剤の開発と創薬、農薬の製法などに多くの新商品をもたらしただけでなく、液晶材料の製法、有機ELディスプレーの製造などにも使われ、工業界に多大な貢献を果たした。2010年に文化功労者に選ばれ、文化勲章を受章した。
[馬場錬成]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
日本の有機化学者.中国の満州国新京(現中華人民共和国吉林省長春)の生まれ.1958年に東京大学工学部応用化学科を卒業し,帝人株式会社に入社.1960年に同社を休職してフルブライト奨学生としてアメリカのペンシルベニア大学に留学し,1963年にPh.D.を取得.帰国して帝人株式会社に復職したが,1966年に退職して,アメリカのパデュー大学に留学してBrown, Herbert Charles(ブラウン)に師事.そのままアメリカに残り,1968年パデュー大学助手,1972年シラキュース大学助教授,1976年同大学准教授,1979年パデュー大学教授,1999年同大学特待教授となる.Brownのもとで有機ホウ素化合物の化学研究を始め,シラキュース大学でクロスカップリング反応(遷移金属触媒を用い,有機金属化合物と有機ハロゲン化物から新たなC-C結合を形成する反応)の研究に着手.系統だった研究から,1976~1978年に有機金属化合物として亜鉛,アルミニウム,ジルコニウムの化合物が有効であることを示して,クロスカップリング反応の適用範囲を大幅に広げた.このことが評価されて,2010年にノーベル化学賞を受賞した.同年の文化勲章も受賞.アメリカに永住しているが国籍は日本.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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