根岸英一(読み)ネギシエイイチ

デジタル大辞泉 「根岸英一」の意味・読み・例文・類語

ねぎし‐えいいち【根岸英一】

[1935~2021]化学者。満州の生まれ。有機化合物合成で、リチャード=ヘックが確立したヘック反応クロスカップリング反応に応用した根岸カップリングを開発した。平成22年(2010)、ヘック鈴木章とともにノーベル化学賞を受賞。同年、文化勲章受章。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「根岸英一」の意味・わかりやすい解説

根岸英一
ねぎしえいいち
(1935―2021)

日本の化学者。中国東北部(旧、満州)に生まれる。1958年(昭和33)東京大学工学部卒業、1960年にアメリカ合衆国ペンシルベニア大学に留学、1963年に博士号を取得。その後、パデュー大学の研究員、助手を経て1979年に同大教授。1999年(平成11)から同大特別教授となった。2種の有機化合物を結び付けて新しい化合物をつくりだすカップリングの研究開発に取り組む。2010年(平成22)に「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」の業績で、リチャード・ヘック、鈴木章(あきら)とともにノーベル化学賞を受賞した。

 カップリングの研究では、化学反応を仲介する触媒と、2種の化合物の材料を効率よく結び付けることがポイントになる。ノーベル賞を共同受賞したヘックは、1972年にパラジウムを触媒として使い、カップリングを効率よく進め、意図したとおりの化合物をつくりだす方法を確立した。これをきっかけに、反応の効率を高める触媒と、2種の材料が結び付くときのつなぎ替えの目印にどのような物質を使うかで新たな研究競争が始まった。根岸は、触媒にパラジウムを使い、つなぎ替えの目印にリチウムマグネシウムを試みたが、反応が強すぎてパラジウムの働きを弱めてしまうことが判明。そこで、亜鉛化合物を使う方法で実験を重ねた結果、より効率よく安定した反応が得られた。この方法は「根岸カップリング」とよばれ、幅広い応用の道を切り開いた。また、共同受賞者の鈴木は、より安全で扱いやすい有機ホウ素化合物を使い、汎用性の高い「鈴木カップリング」を開発した。こうしたカップリング法の開発と発展は、薬剤の開発と創薬、農薬の製法などに多くの新商品をもたらしただけでなく、液晶材料の製法、有機ELディスプレーの製造などにも使われ、工業界に多大な貢献を果たした。2010年に文化功労者に選ばれ、文化勲章を受章した。

[馬場錬成]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「根岸英一」の意味・わかりやすい解説

根岸英一
ねぎしえいいち

[生]1935.7.14. 満州,新京
[没]2021.6.6. アメリカ合衆国,インディアナ,インディアナポリス
有機合成化学者。複雑な有機化合物を簡単かつ効率的に合成できる「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」反応の研究で2010年,リチャード・F.ヘック鈴木章とともにノーベル化学賞(→ノーベル賞)を受賞。中国の長春(当時満州国の新京)で生まれ,神奈川県立湘南高等学校を経て,1958年東京大学工学部を卒業,帝人に入社。1960年フルブライト奨学生としてアメリカ合衆国に留学。1963年ペンシルバニア大学で博士号を取得後,1966年にパーデュー大学のハーバート・チャールズ・ブラウン教授のもとで博士研究員となり,有機ホウ素化学を学ぶ。同大学助手,シラキュース大学准教授などを経て 1979年にパーデュー大学教授,1999~2019年パーデュー大学ハーバート・C.ブラウン記念特別教授を務める。1970年代に有機遷移金属化合物を触媒として用いる炭素‐炭素結合生成反応を研究するうち,京都大学の熊田誠,玉尾皓平らのニッケル触媒を使った,熊田‐玉尾‐コリュークロスカップリング反応の発見に刺激され,1977年有機亜鉛(あるいはアルミニウムジルコン)化合物とパラジウム触媒を用いて 2種の有機化合物を炭素‐炭素結合で生成させ,より複雑な有機分子をつくる,いわゆる根岸クロスカップリング反応の生成に成功した。これらは穏やかな条件で反応するうえ選択性も高く,血圧降下剤等の医薬品や農薬,液晶などの効率的な製造に応用された。そのほか,ジルコニウム化合物を触媒に用いる ZACA反応,有機ジルコニウムを含んだ根岸試薬を用いる有機合成法の発見も知られる。2010年文化勲章。

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化学辞典 第2版 「根岸英一」の解説

根岸 英一
ネギシ エイイチ
Negishi, Eiichi

日本の有機化学者.中国の満州国新京(現中華人民共和国吉林省長春)の生まれ.1958年に東京大学工学部応用化学科を卒業し,帝人株式会社に入社.1960年に同社を休職してフルブライト奨学生としてアメリカのペンシルベニア大学に留学し,1963年にPh.D.を取得.帰国して帝人株式会社に復職したが,1966年に退職して,アメリカのパデュー大学に留学してBrown, Herbert Charles(ブラウン)に師事.そのままアメリカに残り,1968年パデュー大学助手,1972年シラキュース大学助教授,1976年同大学准教授,1979年パデュー大学教授,1999年同大学特待教授となる.Brownのもとで有機ホウ素化合物の化学研究を始め,シラキュース大学でクロスカップリング反応(遷移金属触媒を用い,有機金属化合物と有機ハロゲン化物から新たなC-C結合を形成する反応)の研究に着手.系統だった研究から,1976~1978年に有機金属化合物として亜鉛,アルミニウム,ジルコニウムの化合物が有効であることを示して,クロスカップリング反応の適用範囲を大幅に広げた.このことが評価されて,2010年にノーベル化学賞を受賞した.同年の文化勲章も受賞.アメリカに永住しているが国籍は日本.

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百科事典マイペディア 「根岸英一」の意味・わかりやすい解説

根岸英一【ねぎしえいいち】

化学者。ノーベル化学賞受賞。旧満州国新京(現中国長春市)に生まれる。神奈川県立湘南高校から東京大学工学部応用化学科に進学,卒業後,帝人に入社。フルブライト奨学生として渡米し,ペンシルベニア大大学院に進む。63年,学位取得(理学博士)。66年,ハーバート・ブラウン博士のもとでバデュー大博士研究員。79年,バデュー大教授。79年,パラジウムもしくはニッケルを触媒とした有機合成化学のクロスカップリング反応の手法の一つである根岸カップリングを発見,国際的に高く評価される。2010年,鈴木章,リチャード・ヘックとともにノーベル賞を受賞した。バデュー大特別教授。文化功労者(2010年),文化勲章受章(2010年)。
→関連項目クロスカップリングノーベル賞

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「根岸英一」の解説

根岸英一 ねぎし-えいいち

1935- 昭和後期-平成時代の有機化学者。
昭和10年7月14日満州(中国東北部)新京(現・長春)生まれ。昭和28年湘南高を卒業。33年東大を卒業し,帝人に入社。38年ペンシルベニア大で博士号取得。のち帝人を退社してパデュー大(アメリカ・インディアナ州)のハーバート・ブラウンの研究室で学び,43年同大助教授。47年シラキュース大助教授,51年同大准教授。52年有機亜鉛をつかい,より効率的なパラジウム触媒クロスカップリング(根岸カップリング)を開発した。54年パデュー大教授。平成8年日本化学会賞。11年パデュー大特別教授。22年「有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリング」の業績で鈴木章,リチャード・ヘックとともにノーベル化学賞を受賞。同年文化功労者,文化勲章。

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