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梵舜 ぼんしゅん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

梵舜
ぼんしゅん

[生]天文22(1553).京都
[没]寛永9(1632).11.18.
安土桃山~江戸時代初期の神道家。吉田兼右の子。名は龍玄。通称は神龍院。吉田神道を学び,神書や古典の書写,校合に努めた。慶長4 (1599) 年豊臣秀頼の豊国 (ほうこく) 神社創立に参画し,祭祀事務の遂行にあたった。

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デジタル大辞泉の解説

ぼんしゅん【梵舜】

[1553~1632]江戸初期の神道家・僧侶。号、神竜院。吉田兼右の子。豊臣秀吉を祀る豊国神社創立に参画。のち、徳川家康を駿河久能山に祀る。神道の普及に貢献し、「梵舜日記」を残した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

梵舜 ぼんしゅん

1553-1632 織豊-江戸時代前期の神道家,僧。
天文(てんぶん)22年生まれ。吉田兼右(かねみぎ)の子。吉田兼見(かねみ)の弟。吉田神道をまなび,のち出家。慶長4年豊臣秀吉をまつる豊国神社の創建にかかわり,神宮寺別当となる。のち徳川家康に神道を講じ,家康が没すると吉田神道祭式で駿河(するが)(静岡県)久能山にまつった。神道古典研究で知られ,「梵舜日記」をのこす。寛永9年11月18日死去。80歳。号は神竜院,竜玄。

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朝日日本歴史人物事典の解説

梵舜

没年:寛永9.11.18(1632.12.29)
生年:天文22(1553)
安土桃山時代・江戸前期の神道家,僧侶。吉田家の菩提寺神竜院の住職だったことから神竜院と通称する。また竜玄ともいう。吉田神道家吉田兼右の子で兼見の弟。写本につとめ後陽成天皇『古事記』先代旧事本紀』を献じた。豊国社創建の際には,その神宮寺別当となる。晩年,徳川家康に伊勢の神宮,大嘗祭など神道を講義し,家康の葬儀は梵舜の指導により吉田神道によって久能山で行った。だが,のちに対立していた天海の流儀による山王一実神道で家康を祭ることとなる。梵舜の日記『舜旧記』は,その立場上,政治・宗教的にこの時代の貴重な史料となっている。

(白山芳太郎)

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世界大百科事典 第2版の解説

ぼんしゅん【梵舜】

1553‐1632(天文22‐寛永9)
近世初期の神道家。吉田神道の総元,吉田兼右(かねすけ)(1516‐73)の子。兼見(かねみ)の弟。のち出家。吉田山山麓の住坊にちなんで神竜院と呼ばれた。1598年(慶長3)豊臣秀吉の死去に際し,兄兼見とともに,吉田神道にもとづく豊国大明神の神号授与,ついで阿弥陀ヶ峯に営まれた豊国廟・豊国神社の創建に力をつくし,その神宮寺別当となった。当代を代表する神道家として名声高く,後陽成・後水尾両帝をはじめ,徳川・豊臣両家の崇信をうけ,豊国神社の経営を安定させ,盛大な豊国祭を行って庶民の人気を得るなど,豊国神社への崇敬を京都に広めた。

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大辞林 第三版の解説

ぼんしゅん【梵舜】

1553~1632) 江戸初期の神道家。号、神竜院。豊国神社創建に参画し、神宮寺別当となる。徳川家康の信任を得、神道の普及に貢献。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

梵舜
ぼんしゅん
(1553―1632)

江戸初期の神道(しんとう)家で僧侶(そうりょ)。龍玄(りゅうげん)とも称す。吉田神道(しんとう)家の神祇管領勾頭(じんぎかんれいこうとう)長上吉田兼右(かねすけ)の子、兼見(かねみ)の弟で、初め神道を学び、のち出家。京都吉田山下の神龍院の住職。兄兼見とともに、豊臣(とよとみ)秀吉没後、豊国(ほうこく)社の創建、運営に功をたて、のち徳川家康に神道を講じ、神道伝授を約束したこともあり、1616年(元和2)家康を遺言により静岡久能山(くのうざん)に神葬祭で葬った。また古典書写によくあたり、古典継承上の功も大きい。その日記『舜旧記』(一名『梵舜日記』)は当時の中央情勢をみるうえの貴重史料。[鎌田純一]
『『舜旧記』(『史料纂集』所収・1971・続群書類従完成会)』

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