背骨(脊椎骨)の前方部分である椎体と椎体の間を連結している軟骨(椎間板)が,外に向かって(通常は後方に)突出する現象。一般には年齢的変化によって弾力性が減った椎間板が,ちょっとした外力や日常生活動作などをきっかけにして突出し,すぐ後ろにある脊髄や脊髄神経を圧迫し,痛みやしびれ,さらに手足の力が抜けたり,感じが鈍くなったり,ときには大小便が出しにくくなったり,という神経の症状をひき起こす。腰の骨(腰椎)にいちばん多く,次いで首の骨(頸椎)に起こり,まれには背中の骨(胸椎)にも起こる。
(1)腰部椎間板ヘルニア 腰の痛みや下肢の神経痛(座骨神経痛)の原因として,きわめて多い病気である。20歳代,30歳代に多いが,10歳代後半や40歳以上にも少なくない。男性に多いが必ずしも重労働者に多いとは限らず,事務的な仕事にたずさわる人にかえって多いともいわれている。腰と下肢(通常は片側)と両方に痛みがあることが多く,体を前に曲げたり咳,くしゃみで痛みが増したりする。ときには足の力が弱ったり感じが鈍くなったり,まれには大小便が出しにくくなる。
診察やX線検査などから腰部椎間板ヘルニアと診断がついたら,特殊な場合を除いては安静,コルセットなどにより腰を支え,薬物療法や注射療法などが行われる。症状が強かったり何回もくり返しているような場合には,入院して特殊なベッドの上で安静をとらせ,牽引療法をつけ加える。このような治療で数週間のうちに軽快するようなら,この治療法をつづける。しかし入院治療によっても軽快せず,また多少よくなったとしても日常生活に支障がある場合には,手術を考慮する。また,初めから大小便が出しにくかったり,足の麻痺が強い場合には,手術による治療を時期を失せずに行う必要がある。
椎間板ヘルニアにならぬようにする確実な方法はないが,日常生活上の注意と腰のまわりの筋肉に対する治療体操(〈ぎっくり腰〉〈腰痛症〉の項参照)は助けになると考えられる。
(2)頸部椎間板ヘルニア 首の痛みや上肢の痛み,さらに下肢のしびれや手足の力が抜けてくる原因の一つとしてときどきみられる。腰部椎間板ヘルニアに比べれば少ない。30歳代から50歳代にかけて多いが,20歳代や60歳以上でみられることもある。男性にやや多い傾向がある。
同様な症状の原因となる脊椎症(軟骨や椎骨の年齢的変化により余分な骨ができたりする病気)に比べると,症状の始まり方が急激だったり,進み方が比較的速い傾向がある。首の痛みと手または足の痛みやしびれが両方ともあることが多く,上を向くと痛みが手にひびいたりする。激しい痛みのために手を挙げていなくてはならない場合もある。また,足に力が入らず歩くのにつまずきやすくなったりする。大小便が出にくくなることもあるが,あまり多くない。
椎間板ヘルニアか脊椎症かは,診察やX線検査のみでは必ずしもわからないが,治療としては一般に,安静,頸部カラーなどの装具により首を支え,牽引療法,薬物療法,注射療法などが行われる。痛みが著しい場合や手や足(とくに足)の神経が侵されている場合には,入院治療が行われる。特殊なベッド上にねかせ牽引療法その他の療法を行う。通常は首や手の痛みはこれらの療法でよくなることが多いが,障害が残った場合や,歩行困難などの脊髄の症状が強い場合には,手術が行われる。
予防法として確実なものはないが,寝るときのまくらの高さに注意したり(低めのまくらがよい),不自然な姿勢や上を向いたままでの仕事をさける,などの日常生活上の注意,首や上肢の柔軟運動などが役立つと考えられている。
(3)胸部椎間板ヘルニア 他の部位に比べればまれである。中年の男性にみられ,背中の痛み,背中から胸にかけての痛み(肋間神経痛),足のしびれや力が抜けるなどの神経症状をひき起こす。診断はときに困難であり,脊髄の腫瘍などと紛らわしいことが多い。治療は手術が必要になることが多い。
執筆者:蓮江 光男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
椎間板(椎間円板)は脊椎(せきつい)の椎体間にあってクッションのような役割を果たしているが、この椎間板が、不自然な運動などで外力に耐えられず、被膜を破って脊柱管内に逸脱した状態、すなわち、椎間板の外層である線維輪が退行変性をおこした状態を椎間板ヘルニアという。代表的なものが腰椎椎間板ヘルニアで、ついで多くみられるのが頸椎(けいつい)椎間板ヘルニアであり、胸椎椎間板ヘルニアは比較的まれである。
[永井 隆]
腰痛や下肢痛(坐骨(ざこつ)神経痛)などを訴える腰痛疾患のうちもっともありふれたものであり、20~40歳に多く、腰部の急激な運動あるいは不用意に重量物を持ち上げたときに発症する。この急激な腰痛はぎっくり腰ともよばれ、発生部位は第4と第5腰椎間、第5腰椎と第1仙椎間の椎間板によるものが、だいたい90%を占める。治療法としては、ヘルニア発生当初の腰痛が強い場合、まず仰臥(ぎょうが)位をとり、座ぶとんを1枚丸く巻いて膝(ひざ)の下に入れ、股(こ)関節と膝(しつ)関節が屈曲位をとるようにし、さらに胸椎以上に座ぶとんを1、2枚入れて腰椎部をすこし丸くした姿勢にするとよい。入院後の保存療法としては、腰椎の牽引(けんいん)、鎮痛剤の投与などを行う。3週間の牽引でも効果がなければ副腎(ふくじん)皮質ホルモンを硬膜外に注入する。それも効果がなければ手術療法の適応となる。
[永井 隆]
第5と第6頸椎間、第6と第7頸椎間、第4と第5頸椎間の順にみられ、頸痛や項部(こうぶ)痛のほか、上肢の疼痛(とうつう)と知覚障害を訴える。頸髄を圧迫して下肢の麻痺(まひ)をきたすこともある。局所の安静と固定のために、ポリエチレン製の頸椎カラーなどを装着する。保存的治療で効果がみられないときは手術が行われる。
[永井 隆]
胸椎下部に好発し、背部痛や肋間(ろっかん)神経痛とともに下肢の脱力、知覚障害などがみられる。
[永井 隆]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…最も多い原因は,背骨の椎骨と椎骨との間にある軟骨,すなわち椎間板の病気である。椎間板は弾力性がありクッションのような作用をしているが,20歳を過ぎればすでに老化現象が始まり,外力に対して少しずつ弱くなり,急激な動作などによってその一部が破れたり飛び出したりして神経を圧迫するなどにより,急性の腰痛をひき起こす(椎間板ヘルニア)。第2の原因としては腰の筋肉の病気がある。…
…消炎鎮痛剤の投与も有効である。類似の症状で注意を要するのは,頸椎椎間板ヘルニアによる神経根痛である。しかし,この場合の痛みは首だけでなく肩から上肢に放散することが多い。…
※「椎間板ヘルニア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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