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横井時敬 よこい ときよし

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美術人名辞典の解説

横井時敬

農学博士。熊本の人。上京して駒場農学校に学び農芸化学を専攻し、のち農科大学助教授・教授に進み、東京農業大学々長となり其外にも農業教育の普及、発達に一生を捧げた。昭和2年(1927)歿、68才。

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百科事典マイペディアの解説

横井時敬【よこいときよし】

農学者。熊本県出身。1894年東大助教授,1911年東京農大学長。また帝国農会はじめ多くの農業団体で活動,農政を指導した。経験主義農法に対し科学的農法を唱え,《稲作改良法》ほか多くの著書がある。
→関連項目佐藤寛次農本主義

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

横井時敬 よこい-ときよし

1860-1927 明治-大正時代の農学者。
安政7年1月7日生まれ。福岡県立農学校教諭などをへて明治33年東京帝大教授となり,のち東京農大学長。種籾(たねもみ)の塩水選種法を考案。技術改良から農政,経済にまで幅ひろく活躍した。昭和2年11月1日死去。68歳。肥後(熊本県)出身。駒場農学校(現東大)卒。著作に「稲作改良法」「農業経済学」など。
【格言など】農学栄えて農業衰える(信念)

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朝日日本歴史人物事典の解説

横井時敬

没年:昭和2.11.1(1927)
生年:万延1.1(1860)
明治大正期の代表的農学者。時代の当面する様々な問題を学問的裏付けに基づいて論じた農業教育者,農業ジャーナリスト。肥後熊本藩士横井久右衛門時教の3男。明治13(1880)年6月駒場農学校農学本科第2期生の首席として卒業。同15年福岡県農学校教諭,同年種籾の塩水選種法を発明,24年『重要作物塩水撰種法』を著述。23年農商務省農務局第1課長,27年帝国大学農科大学教授,32年農学博士。明治44年から昭和2(1927)年まで東京農業大学学長。「農学栄えて農業おとろえる」の警世の辞がある。近代農学の確立期にあって農学の各分野が相互関連を欠いたまま分化独立することを批判したもので,この名句に横井時敬の思想がよく示されている。<著作>『横井博士全集』全10巻<参考文献>須々田黎吉「『重要作物塩水撰種法』解説/明治大正期農業界の重鎮 横井時敬」(『明治農書全集』1巻)

(須々田黎吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

よこいときよし【横井時敬】

1860‐1927(万延1‐昭和2)
農学者。肥後国(熊本県)出身。熊本洋学校卒業後,1880年東京駒場農学校卒業。82年福岡県農学校教諭となり,このとき塩水選種法を創案。89年M.フェスカの推薦により農商務省に迎えられたが,翌年辞任。90年農学会幹事長(のち会長)となり“興農論策”策定の中核的役割を果たす。94年東京帝国大学農科大学教授となり,1922年まで農学および農政経済学を講ずる。1906年から死去まで大日本農会の副会頭,理事長を務め,この間全国数百ヵ町村を遊説し,直接農民に農業の振興を訴え続けたことは特筆される。

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大辞林 第三版の解説

よこいときよし【横井時敬】

1860~1927) 農学者。肥後の人。駒場農学校卒。東大教授。農本主義に立ち、農民教育に尽力。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

横井時敬
よこいときよし
(1860―1927)

近代日本の代表的な農学者。熊本藩士の家に生まれ、1871年(明治4)熊本洋学校に学び、ついで駒場(こまば)農学校で農芸化学を専攻して1880年に卒業。1885年福岡県立農学校教諭となり、欧米の学問技術と在来農法との交流に努め、篤農層のよき相談相手となり、種籾(たねもみ)選別に塩水選の方法を案出した。『稲作改良法』(1888)などの著作は、農業先進地帯福岡の手作地主の積極性に対応したものといえよう。1894年帝国大学農科大学助教授となり、1899年ドイツに留学、帰国後教授に昇進した。老農の在来農法を土台として農事改良の重視された明治前中期に、科学的品種改良・施肥経営改善に尽力、稲作を中心とした小農経営の維持前進に大きな役割を果たしたが、大正中期以降の農業危機に際しては地主制下小農保護の「地主農政」的農本主義の中心となった。おもな著書に『農業汎論(はんろん)』(1892)、『栽培汎論』(1898)、『稲作改良論』(1904)などがある。昭和2年11月1日没。[長 幸男]
『大日本農会編『横井博士全集』全10巻(1925~27・横井全集刊行会)』

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世界大百科事典内の横井時敬の言及

【育種】より

…新しい地域に従来なかった新種,新品種を導入することや,全く新しい生物種を創出することも含む。もともと農業技術の一つであり,横井時敬がはじめて用いた言葉(1903)であるが,最近は分子育種など,分子生物学を利用する微生物の育種にまで,この言葉が用いられる。育種技術の改良を研究する分野を育種学というが,一種の応用科学であり,利用される学問分野は遺伝学を中心とした生物学全般,生化学,統計学など広い範囲に及ぶ。…

【塩水選】より

…食塩水のほか,硫安,塩化カリなどの水溶性の高い肥料,にがり水も用いられる。稲作では古くから唐箕(とうみ)選(風選),水選が行われていたが,1898年に近代農学の祖,横井時敬(ときよし)が塩水選の効用を科学的に立証し,普及,奨励につとめたため,今日では稲作だけでなく,麦作などでも広く実行されている。塩水選の普及が明治時代の近代的農業技術の普及の契機であったといわれている。…

【農学】より

…ケルナーは土壌・肥料,植物栄養,家畜飼養,農産製造,蚕体生理の諸研究面において,フェスカは《日本地産論》などを著す過程において,ダンは畜種改良,牧草導入,輪作,草地改良,大型機械利用の各面において,大きな影響を与えた。 それら本邦農学,泰西農学を受けて,〈明治農学〉ともいうべき新分野を展開したのが,横井時敬,酒勾常明,古在由直らの農学者であった。横井は初期には農学の実験的分野に関心を示したが,後に経営,経済に力を入れ,《塩水選種法》《稲作改良法》などの著書があり,酒勾には《改良日本稲作法》があり,ケルナーの弟子古在は,日本における農芸化学の祖ともいうべき農学者であり,公害研究の先駆者でもあった。…

【農本主義】より

…国家の元気は衰へざるを得ざるなり〉(平田・杉山孝平《信用組合論》)というように,自作農中堅,耕作地主層の動揺を治めて,国家の社会的基盤の安定化を図ろうとした。(2)横井時敬,岡田温,山崎延吉のような学者,帝国農会指導者の主張する地主―小作関係の安定を図るための小農保護論たる地主的農本主義。〈農業は尊いものである,偉大なものであると云ふ考えを起すやうにしてやつたならば始めて小作人が逃げて行かぬやうになる〉(横井《農事振興集》)というように地主制の安定化を図ろうとした。…

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