コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

橋本明治 はしもと めいじ

美術人名辞典の解説

橋本明治

日本画家。島根県生。東美校卒。松岡映丘に師事し、第一・二回新文展で連続特選となる。創造美術結成に参加するが、のち脱退して官展に復帰し、活躍する。また、法隆寺壁画模写主任として模写に従事した。強い線描による明快な人物画により独自の絵画様式を確立した。芸術選奨文部大臣賞・日本芸術院賞受賞。文化功労者文化勲章受章。日展顧問・芸術院会員。平成3年(1991)歿、86才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル大辞泉の解説

はしもと‐めいじ〔‐メイヂ〕【橋本明治】

[1904~1991]日本画家。島根の生まれ。美人画で活躍。また、法隆寺金堂壁画の模写主任となり、金堂焼失後にも再現模写に参加。文化勲章受章。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

橋本明治【はしもとめいじ】

日本画家。島根県生れ。東京美術学校卒。松岡映丘に師事。1929年帝展入選。1940年法隆寺金堂壁画模写主任となる。1948年創造美術結成に参加,1950年退会。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橋本明治 はしもと-めいじ

1904-1991 昭和時代の日本画家。
明治37年8月5日生まれ。松岡映丘(えいきゅう)に師事。昭和15年から法隆寺金堂壁画の模写,42年から焼失した同壁画の再現模写に従事。日展などで活躍。作品に「まり千代像」「六世歌右衛門」などがある。30年芸術院賞。46年芸術院会員。49年文化勲章。平成3年3月25日死去。86歳。島根県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。作品はほかに皇居新宮殿の障壁画「桜」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

はしもとめいじ【橋本明治】

1904~1991) 日本画家。島根県生まれ。1967年(昭和42)焼失した法隆寺金堂壁画の再現模写主任を務める。代表作「まり千代像」「六世歌右衛門」など。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

橋本明治
はしもとめいじ

[生]1904.8.5. 浜田
[没]1991.3.25. 東京
日本画家。 1931年東京美術学校日本画科を卒業,松岡映丘に師事。 29年在学中に帝展に初入選し,また 37年第1回新文展で『浄心』,38年第2回新文展で『夕和雲』が特選となるなど,早くから認められた。 40~50年には法隆寺壁画模写に従事。第2次世界大戦後,一時創造美術に参加したが,50年再び日展に復帰し,明快で単純な色彩,形態による風俗画を発表した。 71年日本芸術院会員,74年文化勲章を受章。主要作品『まり千代像』 (1954,東京国立近代美術館) ,『石橋』 (61,同) 。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

橋本明治
はしもとめいじ
(1904―1991)

日本画家。島根県浜田生まれ。東京美術学校で松岡映丘(えいきゅう)に学び、1931年(昭和6)に同校を卒業して研究科に進む。29年の第10回帝展に『花野』で初入選し、37年と翌年の第1、第2回新文展で特選。40年から50年(昭和25)まで法隆寺壁画模写に参加する。52年に前年日展出品作『赤い椅子(いす)』で芸能選奨文部大臣賞を受け、同年日展審査員となる。67年から翌年にかけて、焼失した法隆寺金堂壁画再現模写に主任として参加。69年に日展理事、71年には芸術院会員となり、74年に文化勲章を受章した。代表作『まり千代像』『六世歌右衛門(うたえもん)』など。[二階堂充]
『河北倫明他解説『橋本明治作品集』(1975・朝日新聞社) ▽村木明解説『現代日本美術全集10 橋本明治』(1982・集英社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

橋本明治の関連キーワード高橋 敬美林 雲鳳東山魁夷田中一村高橋周桑昭和時代野島青茲浜田台児吉田善彦代表作創画会橋本

今日のキーワード

MERY

ファッション情報を中心とした女性向けデジタルメディア。運営元は株式会社MERY。2013年、株式会社ペロリによって創設された。同社が株式会社ディー・エヌ・エーの子会社となった14年以降も運営は継続され...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

橋本明治の関連情報