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清水浜臣 しみず はまおみ

デジタル大辞泉の解説

しみず‐はまおみ〔しみづ‐〕【清水浜臣】

[1776~1824]江戸後期の歌人・国学者。江戸の人。号、泊洦舎(さざなみのや)。村田春海に国学を学び、古典の考証・注釈にすぐれ、王朝的情趣のある歌文を残した。著「泊洦舎文藻」「泊洦舎集」など。

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百科事典マイペディアの解説

清水浜臣【しみずはまおみ】

江戸中・後期の国学者,歌人,医者。江戸の人。通称玄長(はるなが)。村田春海に師事。友人狩谷【えき】斎(えきさい)と古典を研究。松平定信に重用される。主著に《遊京漫録》など。
→関連項目楫取魚彦

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

清水浜臣 しみず-はまおみ

1776-1824 江戸時代後期の国学者,歌人。
安永5年生まれ。江戸不忍池畔で医を業とする。村田春海(はるみ)にまなび,狩谷棭斎(かりや-えきさい)らと古典の考証にあたる。賀茂真淵(かもの-まぶち)一門の著作県門遺稿」を編集。春海没後,江戸歌壇の重鎮となった。文政7年閏(うるう)8月17日死去。49歳。通称は玄長(はるなが)。号は月斎,泊洦舎(ささなみのや)。著作に「清石問答」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

しみずはまおみ【清水浜臣】

1776‐1824(安永5‐文政7)
江戸中期の国学者。通称玄長。号は泊洦舎(さざなみのや),月斎。江戸の医師清水道円の長子。15歳で父を失う。古典考究を志して17歳で村田春海の門人となる。のち江戸古学派の重鎮として全国にその名を知られた。その門下から岡本保孝,前田夏蔭などを輩出。終生県門古学顕揚に努めた。旅を好み《遊京漫録》など多くの旅日記を著し雅人としても名をなした。《菅根集》《語林類葉》《泊洦筆話》《県門遺稿》など編著多く,またその家集として《泊洦舎集》などがある。

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大辞林 第三版の解説

しみずはまおみ【清水浜臣】

1776~1824) 江戸後期の国学者・歌人。通称、玄長。号は泊洦舎さざなみのや。江戸の人。国学を村田春海に学ぶ。歌文をよくし、古典を多く校合。著「泊洦舎集」「泊洦筆話」「語林類葉」「県門遺稿」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清水浜臣
しみずはまおみ

[生]安永5(1776).江戸
[没]文政7(1824).8.17. 江戸
江戸時代後期の国学者,歌人。通称は玄長 (はるなが) 。号は泊なみ舎 (さざなみのや) ,月斎。村田春海の弟子。医者を業としつつ国文学の研究に力を入れ,古典の校合を多く行うとともに歌文に巧みであった。著書『万葉集考註』『伊勢物語俚言解』『語林類葉』『月斎雑考』『答問雑録』など。歌集『泊なみ舎集』 (1829) があり,作歌数も多いが,形式的なものが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清水浜臣
しみずはまおみ
(1776―1824)

江戸後期の歌人、国学者。本姓を藤原、名を玄長(はるなが)、号を浜臣・泊(さざなみのや)という。江戸に生まれる。父は医者、浜臣も医を本業とした。村田春海(むらたはるみ)に歌文を学び、加藤千蔭(かとうちかげ)、春海の後を継いで江戸の歌壇に重きをなした。家集に『泊舎集』(1829)があり、「美酒(うまざけ)にわれ酔ひにけり頭(かしら)ゑひ手ゑひ足ゑひわれゑひにけり」などの作を収める。賀茂真淵(かもまぶち)一門すなわち県門(けんもん)の人々の著作の散逸を恐れて、『県門遺稿』5巻(1811~1823)を編集出版した功は大きく、また県門の人々の逸話を記した『泊筆話』(1816成立)などの随筆もある。[揖斐 高]
『丸山季夫著『泊舎年譜』(1964・私家版)』

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