幕末の経世家。通称は正治、号は南鴃(なんげき)、碩渓(せきけい)。肥前(佐賀県)有田の富商の家に生まれる。実地に産業開発事業を試みる一方、古今の事例、学説を縦横に参照し、『経済問答秘録』(1841)『天明録』(1856成立)『家職要道』『武家七徳』(1845)などの経世書を著した。その所説には、未整理な部分や保守的経世論を踏襲した側面もあるが、一方で、考祺は商人の自由な経済活動を富国の基礎と考え、武士の帰農、均田、限田などの単純な平等論や金利の人為的制限などの当時流行の主張に反対し、同時代人の偏狭な見解にとらわれない経世論を展開した。このため考祺の思想に日本的ブルジョア経済論の萌芽(ほうが)を認める者もある。著作は『日本経済大典』34、35、36巻に所収されている。
[島崎隆夫 2016年5月19日]
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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