翻訳|matriarchy
女性が社会において重要な地位をもち、家族内での権威や政治権力を握っているような社会体制をいう。かつては、人類社会の進化史上、父権制の成立に先だって普遍的に存在していた社会体制であると信じられていた。母権制の存在および母権制先行説は、19世紀の後半にバッハオーフェンやモルガンらによって、社会進化論の立場から提唱されたもので、当時の支配的な学説の一つとなり、20世紀に人類学者により決定的な反駁(はんばく)が加えられるまで、数多くの論争を生んだ。モルガンの影響を受けたエンゲルスによって、マルクス主義の教義にも取り入れられたことは有名である。
彼らの説によると、人類社会は、その進化の始めにおいて原始乱婚の時代をへ、生物学的にみて父性よりも母性のほうがはっきりしていることから、ついで、母と子の紐帯(ちゅうたい)を集団構成の核とする母系制の時代へと進んだ。母性しかわからなかった時代には、母親が一家や一族の中心として権威・権力をもち、ひいては全社会においても、女性の地位が優越していたであろうというのである。しかし実際には、母権制の例として提出された社会の多くは、財産相続や出自を女性を通してたどる母系制をもつにすぎず、そこでも財産の管理運営や政治的権力は男性の手中にあることが普通である。過去においても、実際に母権制とよびうるような制度が存在していたかどうかは大いに疑わしい。母権先行説の進化論的枠組みの単純さと、そこに含まれる誤謬(ごびゅう)、母権制と単なる母系制との混同、実証的根拠の欠如などから、今日では彼らの説はほぼ完全に否定されているといっても間違いではない。今日の文化人類学の基礎を形づくっている親族研究の発展に刺激を与えたという功績を別にすれば、母権制をめぐる数多くの議論は不毛なものであった。
[濱本 満]
(1)財産や集団の成員権などが母系をたどって伝えられ(母系制),(2)婚姻生活が妻方の共同体で営まれ(妻方居住婚),(3)家族内外で女性が優越的地位を有する(家母長制)という一連の要素を内包する社会制度をさす。《母権論》(1861)を著し原始母権制説を唱えたバッハオーフェンによれば,人類の最も原始的な段階では乱交的性生活が営まれ,血縁関係は母系的にたどられた。子どもは母方に居住し,確実に知られる唯一の親として母親が尊敬された。母親への尊敬は女性が社会的・政治的に権威を有する〈女人政治制〉を形成し,このような社会が父権制成立以前の原始段階に存在したという。だが未開社会の調査資料によれば,母系制や妻方居住婚規制を有する社会でも男性が家族の実権を握っている場合が多く,家産の管理運用権は母の兄弟から姉妹の息子へと継承される。さらに女性が政治権力を専有し,世襲的に継承する社会は現存せず,真に母権制と言いうる社会の存在は疑問視されている。
→父権制 →母系制
執筆者:谷口 佳子
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… 〈母系制〉の問題で100年来議論の多かったのは,母族すなわち母系出自成員の公的権威の問題であった。女性が社会の公的権威を掌握し,男性を支配するという権力形態である〈母権制〉が,〈父権制〉に先行する古代社会の一般的社会形態であったという説は,母系制社会にさえみられないということで否定されつづけてきた。母系制社会においても公的権威は男性が掌握していること,母系制を採用している社会は,人口支持力のある定住農耕民社会にかなり集中してみとめられることなどが,〈母系制〉は〈母権制〉ではなく,かつ古代社会の形態とはいちがいにいえないことの根拠となってきた。…
※「母権制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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