洪水時に堤防が漏水,洗掘,越流などによって危険に瀕(ひん)したときに応急的な処置を施すことや,破堤後に流入水をできるかぎり制限したり,はんらんの拡大を防止する活動,およびこれに関する常時の対応を含めて水防という。
河川堤防は,特殊なものを除き,ほとんどが川沿いに土砂を盛って築造しているにすぎないので,他の土木構造物ほどの強度は有しておらず,越流に対してもっとも弱い。扇状地河川などの急こう配河川では,洪水は急流で破壊力が強く,流れの激突による洗掘破堤が起こりやすい。また低平地河川では,流速は遅くなるとともに高水位の継続時間が長くなり,堤体・基礎の漏水,裏法(うらのり)の崩壊,天端(てんば)の亀裂などの危険が生じやすくなる。
水防活動は,危険の多い作業であり,従事する人にとっては命をかけた活動といえる。流水に入って作業する人は文字どおり命綱をつける必要があり,また,古い記録には越流に対して土俵が足りなくなり人々が横に並んで防いだという話も伝えられている。水防工法は,こうした命をかけた経験から生み出されてきたもので,おもなものに次のようなものがある。(1)越流に対する工法 堤防天端に土俵を何段か積み重ねる積み土俵工,堤防天端に杭を打ちせき板をあてるせき板工,越流による堤防裏法面の洗掘を防止するため裏法面にむしろを張る裏むしろ張り工など。(2)洗掘に対する工法 樹木におもり土俵をつけて洗掘個所にあてがう木流し工,洗掘個所に牛類を入れる枠入れ工,洗掘個所を蛇籠(亀甲形の目に編んだ円筒状の籠に石を詰めたもの)で被覆する立て蛇籠工,洗掘個所に大きな石または石俵などを投入する捨石工法,洗掘による堤防断面の減少を補うため,その裏法面に土俵を積む築回し工など。(3)漏水に対する工法 堤内地盤の漏水口の拡大を水圧でおさえるとともに,堤体内が水で膿まないよう排水してやる釜段工,裏法面からの漏水に対するもので,釜段工と似た月の輪工,川表の漏水口に土俵を詰める詰め土俵工,川表の漏水面をむしろで被覆するむしろ張り工(洗掘防止にも使用される)など。(4)裏法崩壊に対する工法 裏法面に蛇籠を立てて被覆する立て蛇籠工,裏法面に杭を打ち並べ中詰に土俵を入れる杭打ち積み土俵工,裏法面に土俵を積みあげる土俵羽口工法,築回し工。(5)亀裂に対する工法 天端の亀裂に対し両肩付近に竹を挿し折り曲げて連結する折返し工,亀裂が天端から裏法にかかる場合の控取り工,亀裂の線を挟んで竹を数本打ちこみこれを縛るようにする五徳縫い工,裏法に菱形状に杭を打ち竹,鉄線で縫う籠止め工など。
これらの工法は,俵,むしろがビニル製,竹が鉄線,鉄棒,ビニルパイプ,板材がコンクリート製になるなどの材料変化はあるが,工法自体の新しい開発はほとんど見られず,古くからの経験の集積である。
洪水時の水防活動のためには,常日ごろから堤防の弱点の調査や水防資材,作業人員の確保のための準備が必要である。これらのことは,かつては地域住民が共同体意識のもとに自発的に行ってきたが,明治以降は水防組合が消防法や水利組合法によって制度化され,現在では水防法のもとに水防事務組合などの水防管理団体が実施することになっている。しかし,近年では,治水の進展に伴う水害頻度の減少や,あるいは都市化に伴って地域の自然を知らない人々の増大などにより,地域住民の水防意識が希薄化しており,洪水時に必要な作業人員,水防資材を確保できないことが多くなってきている。
→堤防
執筆者:大熊 孝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
洪水による被害を防止、軽減するために、洪水時に河川を巡視し、堤防が越水、洗掘、亀裂、漏水などにより危険になったときに越水や堤防決壊を防ぐために行う応急作業。水防工法には越水を防ぐための積土嚢(つみどのう)工法、洗掘に対するシート張り工法、土嚢・ブロック・捨石工法、木流し工法、亀裂に対する繋ぎ縫(つなぎぬ)い工法、五徳縫(ごとくぬ)い工法、漏水に対する月の輪工法、釜段(かまだん)工法、シート張り工法などがある。
[鮏川 登]
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