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永井尚志 ながいなおむね

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

永井尚志
ながいなおむね

[生]文化13(1816).11.3. 三河
[没]1891.7.1. 東京
江戸時代末期の幕臣。玄蕃頭 (げんばのかみ) 。三河奥殿藩主松平 (大給) 乗尹の子。旗本永井氏を継ぐ。幕府海軍の創設に尽力し,外国奉行軍艦奉行を経て大目付,若年寄に進んだ。戊辰戦争では箱館に拠ったが,明治5 (1872) 年,新政府に出仕し,のち元老院権大書記官となった。

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デジタル大辞泉の解説

ながい‐なおむね〔ながゐなほむね〕【永井尚志】

[1816~1891]幕末期の幕臣、維新期の官吏。三河奥殿藩主松平乗尹(まつだいらのりただ)の子。名は「なおゆき」とも。旗本永井尚徳の養子となり、長崎海軍伝習所総督、初代外国奉行、初代軍艦奉行を歴任するが安政の大獄で免職。のちに復活して将軍慶喜の下で若年寄。箱館戦争に参加して敗北。明治政府では開拓使御用掛元老院権大書記官などを務めた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

永井尚志 ながい-なおむね

1816-1891 幕末-明治時代の武士,官僚。
文化13年11月3日生まれ。三河(愛知県)奥殿(おくどの)藩主松平乗尹(のりただ)の次男。旗本永井家の養子となる。安政2年長崎海軍伝習所総督。のち初代外国奉行,初代軍艦奉行。安政の大獄の際に免職となるが,文久2年復活。京都町奉行,大目付,若年寄をつとめる。維新後,元老院権(ごんの)大書記官。明治24年7月1日死去。76歳。通称は岩之丞。号は介堂。名は「なおのぶ」「なおゆき」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

永井尚志

没年:明治24.7.1(1891)
生年:文化13.11.3(1816.12.21)
幕末の幕府官僚。三河奥殿藩(愛知県)藩主松平乗尹の2子に生まれ,3歳で父母と死別。25歳の年旗本永井家に養子に入り,弘化4(1847)年番士となる。ペリー来航後の嘉永6(1853)年10月目付に登用され,安政1(1854)年7月,長崎海軍伝習所総監理を命ぜられ任地に赴く。同4年3月伝習修業生を率いて海路江戸に帰り,12月勘定奉行岩瀬忠震らと共に新設の外国奉行に任命され,露・英・仏との間に通商条約を調印した。同6年2月軍艦奉行に転じたが,同年8月徳川慶喜擁立を図ったとして罷職・差控に処せられた。不遇のうちに岩瀬の死を見送る。 文久2(1862)年8月京都町奉行として復帰,翌元治1(1864)年2月大目付に昇進。この間,姉小路公知暗殺事件,8月18日の政変,禁門の変にかかわり,第1次長州征討では征長総督徳川慶勝に随行して広島に出張し,長州藩庁との応接に当たる。慶応1(1865)年5月長州処分方針について老中と意見が合わず辞職,10月復職し上洛。広島に出張し長州藩使節を訊問して幕府にこれを報じる。同3年2月若年寄。大名が補任される慣行のこの職に旗本が任命されるのはほかに例をみない,それほどの抜擢であった。慶喜の側近にあり,土佐藩の運動に注目。大政奉還を実現に導き諸侯会議,公議政体の創出を図る。王政復古の政変ののち,新政府との妥協交渉に当たるが失敗。明治1(1868)年1月の鳥羽・伏見の戦ののち,敗北した徳川軍を収拾し江戸に帰る。同年2月,恭順謝罪を決意した慶喜により免職・登城禁止に処せられる。8月榎本武揚の艦隊により北海道箱館に赴き,いわば蝦夷地方政権の箱館奉行に推された。翌年5月本営の五稜郭が落城し降伏,東京に送られ拘留。同5年1月赦免され開拓使用掛,左院少議官を経て同8年7月元老院権大書記官,翌年10月辞職し墨東向島に隠棲。同24年4月墨田河畔に旧幕臣を招き岩瀬追懐の宴を開き,程なく病没。

(井上勲)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ながいなおむね【永井尚志】

1816‐91(文化13‐明治24)
幕末の開明的幕臣で幕府海軍の創設者の一人。通称岩之丞。三河国奥殿藩主松平乗尹の子として生まれ,旗本永井氏の養子となる。洋式海軍の技術に通じ,開明的能吏として活躍し,1858年(安政5)初代外国奉行,59年には初代軍艦奉行となる。その後一橋派の一員として安政の大獄に連座したが,慶喜政権成立とともに抜擢(ばつてき)されて大目付,若年寄に進み,幕府最後の近代的改革に尽力した。維新後は開拓使御用掛,左院少議官,元老院権大書記官等を務めた。

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大辞林 第三版の解説

ながいなおむね【永井尚志】

1816~1891) 幕末期の幕臣。若年寄として大政奉還を推進。箱館戦争で敗北。のち開拓使御用掛・元老院権大書記官などを務めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

永井尚志
ながいなおゆき
(1816―1891)

幕末の幕府官僚。幕府海軍の創設や大政奉還の起草に尽力。1816年(文化13)三河奥殿藩主松平乗尹(のりただ)の庶子に生まれ、旗本永井家の養子となる。1848年(嘉永1)の学問吟味で甲科上の褒詞をうける。1853年目付となり、長崎勤務中の1855年(安政2)オランダ国王から贈られた観光丸を用いた海軍伝習の監督となる。1857年観光丸で帰府。築地に開かれた軍艦操練所を監督する。勘定奉行、外国奉行、軍艦奉行と転じ、安政の大獄で一時失脚するが、1862年(文久2)軍艦役頭取に復職し、同年京都町奉行となる。1865年(元治1)第一次長州遠征(長州征伐)で毛利氏の処罰をめぐり孤立して辞職。1865年(慶応1)第二次長州遠征のときに大目付に復職した。1867年若年寄格となる。1868年(明治1)蝦夷地に渡り新政府に抵抗。1869年降伏し入獄するが、1872年赦免。新政府に仕え、開拓使用掛、左院少議官、元老院権大書記官を経て、1876年退職した。1891年7月1日死去。76歳。墓は東京都荒川区の本行寺。自伝に『永井介堂君履歴稿本』がある。[上白石実]

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世界大百科事典内の永井尚志の言及

【五稜郭の戦】より

…ついで箱館府知事清水谷公考を青森へ敗走させ,松前城を陥れ,藩主松前徳広を津軽へ逃走させた。12月15日,榎本は総裁に就き,松平太郎副総裁,荒井郁之助海軍奉行,大鳥圭介陸軍奉行,永井尚志箱館奉行,人見勝太郎松前奉行,土方歳三陸軍奉行並などからなる蝦夷島政権を樹立し,箱館の堅塁五稜郭を本営とした。旧幕軍は,この政権を,諸外国に,交戦権を持つ独立政権と認めさせ,局外中立をとらせようとしたが,やがて局外中立は撤廃された。…

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