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池田泰真 いけだたいしん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

池田泰真
いけだたいしん

[生]文政8(1825).京都
[没]1903.3.7. 東京
漆芸家。幼名又三郎。 11歳で柴田是真の門に入り,蒔絵技法と絵を学ぶ。安政6 (1859) 年独立,門下生十数名を養成。この一派薬研堀派と称する。 1896年帝室技芸員。『江之島図高蒔絵額』が代表作

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百科事典マイペディアの解説

池田泰真【いけだたいしん】

漆芸家。江戸生れ。11歳で柴田是真門人となり,25年間蒔絵を学ぶ。1859年独立して一家をなし,門人の養成に尽力。住居の地名から薬研堀派と称された。代表作《秋田蒔絵小箱》,1893年シカゴ万国博覧会出品の《江之島蒔絵額》。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田泰真 いけだ-たいしん

1825-1903 幕末-明治時代の蒔絵(まきえ)師。
文政8年7月7日生まれ。11歳から柴田是真(ぜしん)のもとで修業し,安政6年(1859)独立。おおくの弟子をおしえ,住居の地名にちなみ薬研堀(やげんぼり)派と称される。明治26年のシカゴ万国博に「江之島蒔絵額」を出品した。29年帝室技芸員。明治36年3月7日死去。79歳。江戸出身。

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世界大百科事典 第2版の解説

いけだたいしん【池田泰真】

1825‐1903(文政8‐明治36)
蒔絵師。三河(愛知県)の西尾藩士の子で,1835年(天保6)柴田是真に入門,蒔絵,絵画を修得ののち,59年(安政6)独立し一家をなした。弟子を多く養成し,住居の地名をとって薬研堀派と称せられた。96年帝室技芸員。伝統的な器物に江戸風な味をみせた作品に佳作がみられるが,師是真の作風を忠実に継承している。代表作は秋田蒔絵小箱,93年シカゴ万国博覧会出品の江之島蒔絵額。【郷家 忠臣】

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大辞林 第三版の解説

いけだたいしん【池田泰真】

1825~1903) 幕末・明治期の蒔絵まきえ師。京都生まれ。柴田是真の門に入る。独立後は師の作風を継承し弟子を多く育て、薬研堀派と称された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

池田泰真
いけだたいしん
(1825―1903)

蒔絵師(まきえし)。通称久三郎。三河国(愛知県)西尾藩士の子。11歳で江戸の著名な蒔絵師・柴田是真(ぜしん)に入門、25年間工房で働きながら蒔絵および絵画を習得する。その後、独立して一家をなし、数多くの門下生を養成したので、それらは世間から薬研堀(やげんぼり)派と称せられた。作風は師是真の影響を受けて、蒔絵額面、漆絵(うるしえ)といった是真と同種の作品を制作しているが、いったいに手軽な小品に佳作がみられ、江戸風を小気味よく味わわせるが、個性的ではなく、温厚な作品が多い。1896年(明治29)帝室技芸員となる。[郷家忠臣]

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