河原崎権之助(6代)(読み)かわらさき・ごんのすけ

朝日日本歴史人物事典 「河原崎権之助(6代)」の解説

河原崎権之助(6代)

没年:明治1.9.23(1868.11.7)
生年:文化11(1814)
江戸後期の江戸河原崎座座元。俳名紫扇。はじめ呉服屋に奉公していたが5代目の没後座元を相続し,森田座控櫓(興行の代行者)として興行。のち市村座金主となり森田座に対抗したが,強盗に殺害された。実子初代河原崎国太郎,養子にのちの9代目市川団十郎がいる。なお,この名跡は河原崎座を創設した初代から8代を数えたが,明治10(1877)年に座も名跡も消滅した。

(今西晶子)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河原崎権之助(6代)」の解説

河原崎権之助(6代) かわらさき-ごんのすけ

1814-1868 江戸時代後期の歌舞伎の座元。
文化11年生まれ。5代権之助の養子。文政13年養父の没後,6代権之助を襲名して座元をつぐが,安政2年森田座の復興にともない休座した。以降は市村座の金主(きんしゅ)となり,興行界に手腕をふるった。明治元年9月23日死去。55歳。江戸出身。屋号山崎屋

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