コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

沼名前神社 ぬなくまじんじゃ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

沼名前神社
ぬなくまじんじゃ

広島県福山市町後地に鎮座する元国幣小社。鞆祇園宮 (とものぎおんぐう) ともいう。祭神はオオワタツミノミコト。スサノオノミコトを配祀する。例祭5月2日。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

百科事典マイペディアの解説

沼名前神社【ぬなくまじんじゃ】

広島県福山市鞆(とも)町に鎮座。旧国幣小社。綿津見(わたつみ)神と素戔嗚(すさのお)尊をまつる。通称は鞆の祇園(ぎおん)。神功皇后の創祀と伝える。延喜式内社とされる。
→関連項目福山[市]

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル大辞泉プラスの解説

沼名前(ぬなくま)神社

広島県福山市にある神社。第14代仲哀天皇の御代の創祀とされる。祭神は大綿津見命(おおわたつみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)。豊臣秀吉遺愛の能舞台は国内唯一の組立式で、国の重要文化財に指定。「鞆祇園宮(ともぎおんぐう)」とも呼ばれる。

出典|小学館デジタル大辞泉プラスについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ぬなくまじんじゃ【沼名前神社】

広島県福山市鞆町後地に鎮座。大綿津見命を主神とし,素佐之男命を配祀する。社伝では神功皇后が西征途次,この浦に寄り,海中より霊石を得てそれを神璽とし,斎庭(ゆにわ)に神籬(ひもろき)をたてて神璽をかけてまつり,海路安全を祈願,のち浦人に神社をたてそれをまつれといったことに始まるという。延喜の制で小社。本社はもと渡之辻にあり,渡守(わたす)神社とも呼ばれたが,1599年(慶長4)火災ののち,後地の麻之谷に遷座,さらにそれまでに祇園社の存した現社地内に遷座し,明治維新後,国幣小社に列し,その祇園社本殿に主神として奉斎された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沼名前神社
ぬなくまじんじゃ

広島県福山市鞆(とも)町に鎮座。大綿津見命(おおわたつみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)を祀(まつ)る。社伝によると、仲哀(ちゅうあい)天皇の2年に、神功(じんぐう)皇后が西国へ下向、瀬戸内海を西航したとき、吉備(きび)国南の海辺に停泊して奇瑞(きずい)あり、海中より浮かび出た神石を神璽(しんじ)として斎場を設け、大綿津見神を祀って海上安全を祈念したのが始まりという。沼名前とは泥沼の地に入り江が深く屈曲して隈(くま)をなした地をいい、ここに鎮座した神を社名としたものといえる。『延喜式(えんぎしき)』の小社で、鞆祇園社(とものぎおんしゃ)とよばれ、『備後国風土記(びんごのくにふどき)』の疫隈(えのくま)の社にあてられている。1599年(慶長4)火災にかかり社殿が移転され、のち鞆浦の祇園社の境内に祀られた。1871年(明治4)国幣小社に列せられ、76年当地に祀られていた祇園社の主祭神に渡守明神(わたすみょうじん)が祀られ、祇園社の祭神は相殿(あいどの)の神となって、現在の沼名前神社が成立した。特殊神事として、旧暦6月7日に近い土曜日に御手火(おてび)祭、旧暦1月7日に近い日曜日に御弓(おゆみ)祭が行われる。また、能舞台はもと山城(やましろ)(京都府)伏見(ふしみ)城にあったもので、国の重要文化財に指定されている。[加藤隆久]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

沼名前神社の関連キーワード広島県福山市鞆町後地鞆(広島県)吉田助右衛門広島県福山市

今日のキーワード

異常天候早期警戒情報

5日から 8日先を最初の日とする 7日間の平均気温がかなり高い,またはかなり低い確率が 30%以上と見込まれる場合に注意を呼びかけるため気象庁から発表される情報。低温や猛暑が長く続くと,人の活動や農作...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

沼名前神社の関連情報