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浴衣 ユカタ

8件 の用語解説(浴衣の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ゆ‐かた【浴衣】

《「ゆかたびら(湯帷子)」の略》木綿単(ひとえ)の着物。夏のふだん着として、また、湯上がりに着用する。 夏》「借りて着る―のなまじ似合ひけり/万太郎

よく‐い【浴衣】

入浴の際、また、入浴後に身につける衣服。ゆかた。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

浴衣【ゆかた】

近世以前,蒸風呂での入浴の際着用した麻の湯帷子(ゆかたびら)の略。江戸時代以後現在のように裸体で入浴するようになって,浴後に着る木綿の単(ひとえ)を浴衣というようになり,暑中の外出にも用いられるようになった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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とっさの日本語便利帳の解説

浴衣

鎌倉時代の貴人が入浴する際に用いた白い麻の単衣(ひとえ)の「湯帷子(ゆかたびら)」による。「かたびら」は、「袷(あわせ)の片ひら」の意味で、裏をつけない衣類。

出典|(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」
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日本文化いろは事典の解説

浴衣

浴衣は夏に着る最もラフな着物で、元々は湯上りに着る室内着でした。しかし最近は浴衣の柄や素材の変化により、夏になるとお祭りや花火大会など内外問わず 浴衣を見かけるようになりました。また、普通の着物より簡単に着付けでき、価格も手頃なことから特に若い世代や外国人に人気の夏の定番着物です。

出典|シナジーマーティング(株)
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大辞林 第三版の解説

ゆかた【浴衣】

〔「ゆかたびら」の略〕
木綿で作ったひとえの着物。入浴後や夏季に着る。 [季] 夏。

よくい【浴衣】

ゆかた。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浴衣
ゆかた

木綿の浴衣地でつくられた単衣(ひとえ)の長着。家庭での湯上がりのくつろぎ着のほか、夏祭り、縁日、盆踊り、夕涼みなど夏の衣服として着用される。街着にはならないが、夕方の散歩着としては着用する。浴衣は肌襦袢(はだじゅばん)を用いず素肌に着て、素足下駄ばきとし、草履(ぞうり)は履かない。女子は半幅帯を締め、普通の着物よりやや短めに着る。男子は兵児帯(へこおび)を締める。足袋(たび)は履かない。
 浴衣地は主として平織白木綿に藍(あい)染めをする。地白に藍、または地藍に白で紋様を出して染める。白木綿は、栃木県真岡(もおか)で織られていた真岡木綿を用いていたが、明治以降、三河地方(愛知県)で織られた岡木綿に押され、近年では岡木綿が浴衣地に用いられている。
 浴衣の柄は中形(ちゅうがた)を用い、浸染(しんせん)により藍染めをする。これを中形浴衣といい、普通に浴衣というときはこれをさす。江戸で発達したこの中形は江戸中形とよばれる。6尺(約180センチメートル)1枚の長板(ながいた)に布を張って型置きをし、裏からも表にあわせて型を置き、浸染によって染めるところから長板中形ともいう。手のこんだ染め方によるこの両面物の高級浴衣地の技術は、現在国の重要無形文化財になっている。明治の末ごろからは手拭(てぬぐい)に用いられていた注染(ちゅうせん)の技法を応用して、一反の布を染める手拭中形が浴衣に用いられるようになった。手拭中形は手拭の長さに折り畳み、型糊(かたのり)をつけて、上から染料を注ぎ染めるので、折り返したところから模様が逆に染まる。初めは下級品として扱われていたが近年は模様構成もよくなり、型染め浴衣はほとんどこの方法が用いられている。今日の柄(がら)は、型紙の長さ約1メートルで折り返したところから逆に染まり、その対称の繰り返しとなっている。そして昭和の初頭から機械捺染(なっせん)による片面物の浴衣地が出回るようになった。このほか有松絞り(三浦絞り)、柳絞り、蜘蛛(くも)の巣(す)絞り、博多(はかた)絞りなど、木綿の藍染め絞りの浴衣もある。夏祭り、盆踊り、舞踊の浴衣にはそろいのものが多く用いられ、半身白、半身藍染めによる片身替わり、衿(えり)肩を中心に大きく半円形を描いて染められた首抜き模様、肩山より裾(すそ)に向かってだんだん柄が大きく染められた付下(つけさ)げ風絵羽浴衣など、はでで粋(いき)なものが好まれる。また一方、濡燕(ぬれつばめ)、唐傘(からかさ)、笠(かさ)、柳ひょうたん、朝顔などの小紋風のものもある。
 布地は綿平織のほか近年、綿縮(ちぢみ)、綿絽(ろ)、表面に高低のある紅梅織などが用いられ、さらに木綿にかわってポリノジック、ポリエステルなどの化繊、または混紡も用いられている。染め色にも濃淡を出した細川染め(二度染め)や、若い人向きにピンク系、グリーン系など、藍や白以外の地色の浴衣も用いられるようになった。
 男子の浴衣の柄は石摺(いしず)り風のものが多く用いられていたが、近年は無地に近い柄から小紋柄風にはでな感じのものまで多様になってきている。子供物には木綿の浴衣地とともにリップルが多く用いられ、子供らしく多色染めになっている。先染め浴衣地には白縞(しま)、白格子などの縞柄のものがあり、これは主として旅館などでの寝巻に用いられ、また歌舞伎(かぶき)役者は、浴衣に屋号、家紋などを染め、ひいき筋への贈呈に用いることもある。また芝居、舞踊のうえでの特殊な場合に、縮緬(ちりめん)浴衣を用いることがある。
 浴衣地の布幅は35~36センチメートルである。体格の向上に伴って男物にはキングサイズといって40センチメートルほどのものもつくられているが、女物は柄の関係でまだ少ない。一反の長さは10~11メートルであったが、最近は12メートルぐらいのものも多くなってきた。[藤本やす]

歴史

浴衣は湯帷子(ゆかたびら)の語から転じたもので、古くは沐浴(もくよく)に麻衣を着用した。湯帷子は普通の帷子に対していう語であり、手拭に対して浴衣を身拭ともいい、年間通して用いられた。のちに浴後に汗取りとして用いるようになった。民間で浴衣を着用するようになったのは、室町時代の終わりから江戸初期にかけて、盆踊りが盛んに行われるようになってからである。江戸後期には浴後に用いるだけでなく、庶民のなかには単衣や帷子のかわりに着用する者もあった。浴後に着用するものは広袖(ひろそで)(袖口の下を縫い合わさない袖)とし、単衣にかえて着用するものは方形の袂袖(たもとそで)にしていた。江戸の婦女の浴衣の袖は、単衣の略用という意味で袂を丸くしていた。木綿のごく細い縞(しま)や絣(かすり)は、広袖にして袖口下に刺縫いをして用いていた。刺縫いの糸はおもに黒を用い、白や茶も用いられた。なお京坂では刺縫いはしない。女性用の雨合羽(かっぱ)がない時代には、武家の女性たちは浴衣をまとい、しごきをして雨よけにも用いた。江戸時代の浴衣は、江戸、京坂の男女とも白地に藍染めの小紋を、また地染(じぞまり)に小紋を染めたものが用いられた。当時型紙の大きさにより大形、中形、小形などの区別があった。中形は一送り鯨尺(くじらじゃく)3寸7分(約14センチメートル)ないし7寸5分(約29センチメートル)の型紙を用いて単純色相で染め上げた模様をいう。中形が盛んに用いられるようになって、中形は着尺地の染模様の代表となった。用いられた模様を、型紙によってあげてみると、紗綾(さや)形、松皮菱(まつかわびし)に松毬(しょうきゅう)、よろけ地に紫陽花(あじさい)、よろけ地に霞(かすみ)と千鳥、変わり格子に流水と桜、瓢箪(ひょうたん)に紋入り蝙蝠(こうもり)、柳に燕(つばめ)など文様は細緻(さいち)なものであった。ほかに大形の紋や白地に藍の縞、鳴海(なるみ)絞り、柳絞りなども用いられた。男子の浴衣の大柄のものには源氏車に立浪(たつなみ)、傘骨と海老(えび)、船の碇(いかり)など、大柄でないものはあらめの匹田(ひった)絞りの大きいものを用い、鳶(とび)の者はその組の記号を表した絞りを着用した。[藤本やす]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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