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盆踊り ぼんおどり

大辞林 第三版の解説

ぼんおどり【盆踊り】

盂蘭盆うらぼんの前後に老若男女が多数集まっておどる踊り。年に一度この世に戻ってくる精霊を迎え、また送るための風習に発したもの。現在では信仰性は失われ、多くは娯楽的な踊りとなっている。 [季] 秋。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

盆踊り
ぼんおどり

盆に踊る民俗芸能。祖霊、精霊を慰め、死者の世界にふたたび送り返すことを主眼とし、村落共同体の老若男女盆踊り唄(うた)にのって集団で踊る。手踊、扇踊などあるが、歌は音頭取りがうたい、踊り手がはやす。太鼓、それに三味線、笛が加わることもある。古く日本人は旧暦の正月と7月は他界のものが来臨するときと考えた。正月は「ホトホト」「カセドリ」などいわゆる小(こ)正月の訪問者がこの世を祝福に訪れ、7月は祖霊が訪れるものとした。盆棚で祖霊を歓待したのち、無縁の精霊にもすそ分けの施しをし、子孫やこの世の人とともに楽しく踊ってあの世に帰ってもらうのである。こうした日本固有の精霊観に、仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)が習合してより強固な年中行事に成長した。盆に念仏踊を踊る例もあるが、念仏踊は死者の成仏祈願に主眼があり、一般に盆踊りとは別個の認識にたつ。
 15世紀初頭に伏見(ふしみ)の即成院や所々で踊ったという盆の「念仏躍(ねんぶつおどり)」「念仏拍物(ねんぶつはやしもの)」(『看聞御記(かんもんぎょき)』)は、まだ後の盆踊りというより念仏の風流(ふりゅう)の色彩が濃いものであったが、同世紀末に昼は新薬師寺、夜は不空院の辻(つじ)で踊られたという「盆ノヲドリ」(『春日権神主師淳(かすがごんかんぬししじん)記』)は盆踊りの色彩を強めたものであったろう。盆踊りはそのほか伊勢(いせ)踊なども習合することになったらしいが、にぎやかで華やかな踊りで、異類異形の扮装(ふんそう)をしたとあり、まさに風流(ふりゅう)振りである。16世紀中ごろには小歌(こうた)風の盆踊り唄がつくられていた(『蜷川(にながわ)家御状引付(ごじょうひきつけ)』)。江戸時代以降いよいよ盛んになり、全国的にそれぞれの郷土色を発揮して、いまに行われている。
 今日みる異類異形の盆踊りには、鳥獣類の仮装はなく、秋田県の「西馬音内(にしもない)盆踊」のひこさ頭巾(ずきん)(彦佐頭巾、彦三頭巾とも書く)のように覆面姿が多い。これは亡者の姿といい、また佐渡の「真野(まの)盆踊」のように石の地蔵を背負って踊るものもあり、人と精霊がともに踊ることに意義をみることができる。長野県阿南(あなん)町の「新野(にいの)盆踊」では、最終日に村境まで群行して踊って行き、そこで新盆(にいぼん)の家の切子灯籠(きりこどうろう)を燃やし、鉄砲を撃って踊り神送りをする。精霊鎮送の形がよくわかるが、道を踊り流して歩く形は徳島市の「阿波(あわ)踊」にもよく表れている。新盆の家々を回って踊る例もある。また神社や寺の堂や境内、校庭、公園などで円陣をつくって踊る例も少なくない。岐阜県郡上(ぐじょう)市八幡(はちまん)町の「郡上踊」では、幾重もの踊りの輪ができて夜を徹して踊る。沖縄諸島では「エイサー」とよぶ盆踊りが盛んで、手持ちの太鼓踊と手踊の二様がある。八重山(やえやま)列島では「盆のアンガマ」といって、老人姿の精霊仮装が出る。[西角井正大]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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