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海保漁村 かいほぎょそん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

海保漁村
かいほぎょそん

[生]寛政10(1798)
[没]慶応2(1866)
江戸時代後期の折衷派の儒学者。上総の人。太田錦城に学ぶ。江戸幕府の儒学教授。著書『周易古占法』。

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デジタル大辞泉の解説

かいほ‐ぎょそん【海保漁村】

[1798~1866]江戸後期の儒学者・考証学者。上総(かずさ)の人。名は元備、字(あざな)は純卿など。太田錦城師事。佐倉藩儒から、のち幕府の医学館の儒学教授。著作に「漁村文話」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

海保漁村 かいぼ-ぎょそん

1798-1866 江戸時代後期の儒者。
寛政10年11月22日生まれ。江戸で大田錦城にまなび,私塾をひらく。安政4年(1857)幕府の医学館の儒学教授となった。慶応2年9月18日死去。69歳。上総(かずさ)(千葉県)出身。名は元備。字(あざな)は純卿,郷老。通称は章之助。著作に「周易古占法」「漁村文話」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

海保漁村

没年:慶応2.9.18(1866.10.26)
生年:寛政10.11.22(1798.12.28)
江戸後期の儒学者。名は元備,字は純卿。漁村は号。上総国武射郡北清水村(千葉県横芝町)に医師である父修之(恭斎)と母北田氏の3男に生まれる。文政4(1821)年江戸に出,大田錦城に入門。天保1(1830)年塾を開き門人を教授。その学問は経書の古注疏の研究を中心とする考証学風で,渋江抽斎,小島成斎らと親しい。天保13年京に遊び,日野大納言資愛より伝経〓という塾名をもらった。14年より佐倉藩(千葉県)に出講,明治の文人依田学海を教えた。安政4(1857)年友人の奥医師多紀〓庭の推薦で幕府医学館直舎儒学教授となる。慶応2(1866)年下谷練屏小路の自宅で病死。<著作>『伝経〓文鈔』<参考文献>海保元起「漁村海保府君墓碣」(『事実文編』18巻),滝口房洲『上総の人海保漁村』

(沼田哲)

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世界大百科事典 第2版の解説

かいほぎょそん【海保漁村】

1798‐1866(寛政10‐慶応2)
江戸後期の儒者。考証学派。名は元備,字は純卿,通称は紀之,漁村は号。上総国武射郡北清水村の生れで,江戸の太田錦城に学ぶ。のち佐倉藩に招かれ,1857年(安政4)幕府の医学館の儒学教授に挙げられる。その学問は経学を主とし,古注疏や経史子集を参照して諸書を注解補証し,考証の精密なことで知られた。著書に《経学字義古訓》《抱腹談ノ抱腹》《漁村文話》など30余種がある。【衣笠 安喜】

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大辞林 第三版の解説

かいほぎょそん【海保漁村】

1798~1866) 江戸後期の儒学者。上総かずさの人。名は元備、字あざなは純卿など。幕府の医学館の儒学教授。太田錦城に学び、考証学を主とした。著「漁村文話」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

海保漁村
かいほぎょそん
(1798―1866)

江戸後期の儒学者。名は元備、字(あざな)は郷老、春農。通称は彦三郎、別名を紀之、漁村は号。寛政(かんせい)10年11月22日、上総(かずさ)国武射(むさ)郡北清水村(千葉県山武(さんぶ)郡横芝光(よこしばひかり)町)に生まれる。父は恭斎(きょうさい)、母は北田氏。3男1女中の三男。初め父について漢文の訓読を習い、1821年(文政4)江戸に出て太田錦城(きんじょう)に入門し、折衷学を学ぶ。1830年(天保1)江戸下谷(したや)(東京都台東(たいとう)区)で家塾を開き、その書斎を掃葉軒(そうようけん)とよぶ。佐竹壱岐守(いきのかみ)をはじめ諸侯に招かれたが仕えず、1857年(安政4)幕府に登用されて医学館の儒学教授となる。武士以外を教授にした初めての例という。慶応(けいおう)2年9月18日没、69歳。本所(ほんじょ)(東京都墨田区)の天台宗高竜山普賢(ふげん)寺(現在、東京都府中市に移転)に葬られる。学風は経学を重んじ、初め古注・新注を併用したが、しだいに古注に傾き、自宅を伝経盧(でんけいろ)と名づけた。著書に『周易(しゅうえき)漢注考』『尚書漢注攷(こう)』『毛鄭(もうてい)詩義』『伝経盧叢鈔(そうしょう)』などがある。[三宅正彦]

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367日誕生日大事典の解説

海保漁村 (かいほぎょそん)

生年月日:1798年11月22日
江戸時代末期の儒学者;幕府医学館直舎儒学教授
1866年没

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世界大百科事典内の海保漁村の言及

【文章軌範】より

…頼山陽に《謝選拾遺》6巻の補選および《評本文章軌範》7巻がある。そのほか海保漁村の《補注文章軌範》など多くの注釈書が刊行された。【佐藤 一郎】。…

※「海保漁村」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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