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満蒙開拓団 マンモウカイタクダン

デジタル大辞泉の解説

まんもう‐かいたくだん【満×蒙開拓団】

満州事変後、日本が満蒙地区に送りこんだ農業移民団。昭和7年(1932)に第一次移民が送り出され、昭和20年(1945)敗戦時には約32万人がいたといわれる。多くがソ連満州国境地帯に入植し、中国人・朝鮮人の既耕地を収奪する結果となった。第二次大戦敗戦直前、ソ連の対日参戦で関東軍から置き去りにされ、多大な犠牲者を出した。満州農業移民。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

満蒙開拓団

日本は満州を、戦争遂行のための物資の供給基地と位置づけていた。1936(昭和11)年には生産の担い手として計100万戸の農家を送る計画を決定。約27万人が海を渡った。終戦前のソ連侵攻直後、約70万人の関東軍は撤退。置き去りにされた約8万人の命が失われ、子どもたちが取り残された中国残留孤児の悲劇が起きた。

(2015-08-11 朝日新聞 朝刊 福島中会・1地方)

満蒙開拓団

満州事変後、困窮した農民救済と満州国の維持、北方警備を目的に、旧満州や現在の内モンゴル自治区に全国から送り込まれた農業移民団。27万人にのぼった。ソ連軍侵攻後、置き去りにされ、逃避行は悲惨を極め、死者は約8万人とされる。

(2016-12-14 朝日新聞 朝刊 静岡・1地方)

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大辞林 第三版の解説

まんもうかいたくだん【満蒙開拓団】

満州事変後、日本が満州・内蒙古などに行なった農業移民団。農業を中心とする国内の諸矛盾解決、満州国の治安維持、対ソ戦備など国策的な性格を帯びていた。移民は武装し組織的な軍事訓練を受けた。ソ連の参戦により壊滅的な打撃を受け、多くの犠牲者を出した。

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