永井荷風の長編小説。1937年4月烏有堂(私家版)刊。同年4~6月,東京・大阪《朝日新聞》夕刊連載。同年8月岩波書店刊。それぞれ本文に差異がある。老作者〈わたくし〉(大江匡(ただす))は,小説の背景とすべき場所を探して散歩の途中,隅田川の向こう玉の井私娼街でそこの女お雪と知り合う。以後,彼女をたずねては休息かたがた娼家の新風俗を観察し,また昔を懐かしむ。お雪はそのうち彼を頼りにして自前になる夢をもち始め,彼のほうでは,過去に失敗の体験もあり,これ以上,深入りを避けることを決め,仲秋の明月の夜をきりに,ひそかに別れを告げ,もはや逢うことをやめるという筋。作中に別の小説《失踪》の筋を挿入して複眼的効果をあげつつ,作者がほとんど素顔のままで登場して全体をまとめる仕組みをもつ。随筆体小説の味わいもあり,太平洋戦争に突入する前夜の重苦しさに涼気を送る作品として愛読された。荷風の文学的達成を示す代表作。
執筆者:竹盛 天雄
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永井荷風(かふう)の長編小説。1937年(昭和12)4月、烏有堂(うゆうどう)(私家版)刊。同年4~6月、東京・大阪の両『朝日新聞』夕刊に連載。8月、岩波書店刊。老作者「わたくし」(大江匡(ただす))は、浅草から隅田(すみだ)川の向こう玉の井のあたりを散歩の途中、夕立にあい、傘に入れてやった私娼窟(ししょうくつ)の女お雪と馴染(なじ)みになる。そのうち、女が彼を頼って自前になろうという夢をみ始めたので、仲秋の明月の夜、彼女に「袷(あわせ)」代を贈ったのを最後として、これ以上、深い関係になることを避け、以後相会うことを断念するという筋。作者の反時勢的な文明批評と陋巷(ろうこう)・狭斜(きょうしゃ)趣味とが渾然(こんぜん)一体となった、昭和期の代表作とされる。
[竹盛天雄]
『『濹東綺譚』(岩波文庫)』
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… 以後,林芙美子原作《泣虫小僧》(1938),阿部知二原作《冬の宿》(1938),伊藤永之介原作《鶯》(1938)など一連の〈文芸映画〉のなかで,暗い時代の日本の庶民像を描き出していった。愛国婦人会を創設した明治の女傑の半生を描いた伝記映画《奥村五百子》(1940),ハンセン病療養所で献身する若い女医の実話をリリカルなヒューマニズムで描いた《小島の春》(1940)などをへて,戦後も丹羽文雄原作《女の四季》(1950),森鷗外原作《雁》(1953),有島武郎原作《或る女》(1954),室生犀星原作《麦笛》(1955),織田作之助原作《夫婦善哉》(1955),谷崎潤一郎原作《猫と庄造と二人のをんな》(1956),川端康成原作《雪国》(1957),志賀直哉原作《暗夜行路》(1959),永井荷風原作《濹東綺譚》(1960)と〈文芸映画〉の系列がある。 女を多く描き,フェミニストともいわれたが,そのフェミニズムは,女の美しさよりも無知や貪欲さを凝視する目のきびしさと執念に特色があるといわれる。…
※「濹東綺譚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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