焚書坑儒(読み)ふんしょこうじゅ(英語表記)fén shū kēng rú

精選版 日本国語大辞典 「焚書坑儒」の意味・読み・例文・類語

ふんしょ‐こうじゅ ‥カウジュ【焚書坑儒】

中国秦の始皇帝が前二一三~二年に行なった、主として儒家に対する言論統制政策。法家思想家であった宰相の李斯の建言により、医薬・卜筮・農事などの実用書以外を焼き、儒生を捕えて、四六〇余人を咸陽で坑殺したといわれる事件。転じて、学問思想弾圧すること。
史記抄(1477)一六「始皇、焚書坑儒せられて掃地尽矣」 〔孔安国‐古文尚書序一〕

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デジタル大辞泉 「焚書坑儒」の意味・読み・例文・類語

ふんしょ‐こうじゅ〔‐カウジユ〕【×焚書坑儒】

前213年、秦の始皇帝が行った、主として儒家に対する思想言論弾圧。民間にあった医薬・卜筮ぼくぜい・農事などの実用書以外の書物を焼き捨て、翌年、始皇帝に批判的な学者約460人をあなに埋めて殺したといわれる。転じて、学問や思想に対する弾圧をいう。

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改訂新版 世界大百科事典 「焚書坑儒」の意味・わかりやすい解説

焚書坑儒 (ふんしょこうじゅ)
fén shū kēng rú

中国,秦始皇帝による学術・思想の統一策。書籍を焼き,学者を坑(あなうめ)して殺すこと。前221年に天下を統一した始皇帝は,法家の李斯りし)を抜擢し,従来の封建制を廃止して郡県制を施行するなど,徹底した法家思想にもとづく各種の統一政策を実施した。しかしこの法家一色の政治に対しては,他の儒家をはじめとする各学派は反対であり,おのおの公然と自説を主張した。たまたま前213年,皇帝招宴の席で博士の淳于越(じゆんうえつ)が殷・周時代の封建制を賛美して始皇帝の政治を非難したため,当時丞相の官にあった李斯は強硬策を進言。それにもとづいて〈秦の記録,博士の官の蔵書,医薬,卜筮(ぼくぜい)および農業書以外の書籍はすべて政府に没収して焼き捨てる。これに違反する者,また儒教の経典を読んで議論したり,政治を非難する者は,すべて極刑に処する〉と定めた。これが焚書である。坑儒は,方士(神仙術の体得者)の説く神仙思想に熱中し,あらゆる手段を講じて不老不死の霊薬をさがし求めた始皇帝が,やがて彼らに欺かれていたことを知り,焚書の翌年に方士のみならず諸生(学者)も同類とみなして捕らえて訊問したところ,互いに罪をきせあってのがれようとしたため,禁令を犯して妖言をまきちらしたという理由で460余人を穴埋めにして殺した事件である。

 焚書が徹底した法家主義にもとづく学問の自由の弾圧であったのと異なり,坑儒の場合は方士のでたらめな言動に対する始皇帝の憤慨が直接の動機であったが,そのために儒家など多くの学者が殺されたことは,結果としては焚書と同じく学問・思想の圧迫にほかならなかった。この焚書坑儒によって春秋戦国以来の諸子百家の学問の進歩は中絶され,また多くの古書・古記録が失われて,中国文化は取り返しのつかない大きな損失を受けた。
焚書
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四字熟語を知る辞典 「焚書坑儒」の解説

焚書坑儒

書物を焼き捨て、儒学者を生き埋めにすること。昔、中国しんこうていが政治批判を禁ずるために、主として儒家に対して行った言論統制政策。転じて、学問・思想を弾圧すること。

[使用例] 焚書坑儒が昔だけあったと思うと、大きに違います[芥川龍之介*戯作三昧|1917]

[解説] 始皇帝は、医薬・ぼくせい・農事などの実用書以外はすべて焼き払い、儒学者を捕らえて、四六〇余人をかんようで生き埋めにして殺したといわれます。「焚書」は書物を焼き捨てること。「坑」は穴埋めにするという意味。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「焚書坑儒」の意味・わかりやすい解説

焚書坑儒
ふんしょこうじゅ

中国、秦(しん)の始皇帝による思想言論弾圧事件。始皇帝の天下統一から8年後の紀元前213年に、博士淳于越(じゅんうえつ)が古制に従って子弟を封建するよう建議したのに対し、丞相(じょうしょう)の李斯(りし)は、学者たちが昔の先例を引いていまの政治を批判するのを禁止せよと上奏した。始皇帝はその主張をいれて、『秦記』(秦国の史官の記録)および医薬、卜筮(ぼくぜい)、種樹(しゅじゅ)(農業)の書物以外は、『詩経』『書経』や諸子百家の書を民間で所蔵することを禁止し、すべて焼き捨てることを命じた。さらに翌年、始皇帝を批判した疑いのある方士(ほうし)、儒生460人余りを検挙し、都の咸陽(かんよう)で「坑(あなうめ)」の刑に処した。旧中国における第一の思想言論弾圧事件とされるもので、とくに焚書令による文化的損失は大きかったが、その後10年もたたぬうちに秦帝国は滅亡した。

[小倉芳彦]

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百科事典マイペディア 「焚書坑儒」の意味・わかりやすい解説

焚書坑儒【ふんしょこうじゅ】

中国,秦の始皇帝李斯(りし)の進言によって行った言論統制政策。前213年に,官の記録や法家・医薬・農業・占卜(せんぼく)などの書以外の書物をすべて焼き捨てさせた事件が焚書で,前214年に,咸陽の学者460余人を生き埋めにして殺したのが坑儒。
→関連項目古文儒教

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「焚書坑儒」の解説

焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)

秦の始皇帝丞相(じょうしょう)李斯(りし)の建言により,前213年医薬,卜筮(ぼくぜい),農事などの実用書を除くすべての書物を焼き,ついで翌年,儒生を捕え,その460余人を咸陽(かんよう)で穴埋めにした事件。法家主義に徹し,思想統制を目的としたこの事件は,後世の儒教の立場で粉飾誇張されているらしいが,これによって先秦の古書の多くが亡失したとされる。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「焚書坑儒」の意味・わかりやすい解説

焚書坑儒
ふんしょこうじゅ
Fen-shu Keng-ru; Fen-shu K`eng-ju

中国,秦の始皇帝が,始皇 34 (前 213) 年丞相李斯の上言によって,みずからの専制支配を貫徹するために,民間にあった医学,占術,農学以外のすべての書物を焼かせ (焚書) ,翌年帝を非難する儒者 460人を咸陽で生埋めにした (坑儒) こと。司馬遷の『史記』に記述がみえ,秦の苛政を象徴するものとして漢以後の儒者からきびしい非難を受けたが,この『史記』の記述の信憑性については,疑問をもつ学者もいる。

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世界大百科事典(旧版)内の焚書坑儒の言及

【尚古思想】より

…ことに法家は,現実的な法統治政策には,尚古思想は阻害要因になるとして,はげしくそれを排斥する。李斯(りし)が行ったとされる〈焚書坑儒〉は,尚古思想の排斥にほかならない。尚古思想は,儒学が官学化された漢から清に至るまで支配的であったが,三国時代から六朝期にかけては,その風潮は比較的稀薄であった。…

※「焚書坑儒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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