一定の圧力のもとで熱を加えて温度を上げると,物質の体積はほとんどすべての場合に増大する。これを熱膨張という。定圧下で物質の温度を1K(=1℃)だけ上げたとき体積がVからV+⊿Vになるとする。このときβ=⊿V/Vを体膨張率と呼ぶ。βの単位はK⁻1(または℃⁻1)である。同じ物質でも体膨張率は一般に温度,圧力によって変化する。熱膨張率,あるいは単に膨張率といったときにはこの体膨張率を指すことが多いが,固体では,1K上げたときの長さの変化の割合である線膨張率α=⊿l/lのほうがよく使われる。なお,温度がt℃のときの体積を0℃の体積V0を使って,V=V0(1+α′t)と近似的に表したときの係数α′を体膨張率ということもある。
熱膨張は,温度を上げると物質を構成している原子(あるいは電子と原子核)の乱雑な熱運動がより激しくなり,圧力一定であれば原子間の距離が押し広げられるために起こるが,その機構は,気体と液体および固体とでは多少異なる。
分子間の力を無視できるような希薄な気体には,理想気体に対するボイル = シャルルの法則pV=RT(pは圧力,Rは気体定数,Tは絶対温度)があてはまるから,体膨張率は圧力によらず絶対温度の逆数1/Tに等しい。例えば0℃(=273K)ではα=1/273=0.0037である。現実の気体では気体分子間の力の影響による補正が必要であり,αは低温では1/Tより大きく,高温では小さくなる。
固体や液体は原子あるいは分子(以下では原子とする)が互いに及ぼしあう引力のために凝集した状態である。原子間には引力のほかに近接したときに強い反発力が働く。両者がつりあうところがエネルギーのもっとも低い安定な点であり,固体では原子がなるべく安定な点にくるように規則正しく格子状に配列する。しかし有限温度では原子が熱運動をし,安定点のまわりに振動する(格子振動)。そうすると近接したときに強い反発力が働くために平均として原子間の距離が押し広げられる,これが固体の熱膨張のおもな機構である。融点近くになると結晶格子に空孔のような欠陥が生ずるのも膨張の原因になる。温度が上がるとエントロピーのより大きな状態が実現するが,エントロピーを大きくするには系の占める体積を大きくしなければならないといってもよい。液体でも熱膨張の原因は同じであるが,凝集力が固体に比べて小さいため,膨張率は固体よりはるかに大きくなる。結晶や高分子物質の固体では方向によって線膨張率が異なるものがある。例えば木材では繊維にそった方向より横方向のほうが10倍ほど大きい(常温で,前者は3~5×10⁻6,後者は35~60×10⁻6)。等方的な固体では体膨張率は線膨張率の3倍に等しい。精密測尺器など,温度による長さの変化を極力小さくしたい場合には,線膨張率の小さいアンバー(α=0~1.5×10⁻6)などが用いられる。
温度を上げるとほとんどの場合体積が増加すると前述したが,逆に体積が減少する(β<0)場合もある。もっとも身近な例は1気圧下で0℃から3.98℃の間の水であって,この間では体積が0.013%減少する。水の分子間の相互作用のエネルギーを低くするには特別な並び方をしなければならないためにこのような現象が生ずるのである。
執筆者:恒藤 敏彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物体の体積が温度の上昇に伴って増加する現象。圧力一定のもとでの物体の熱膨張比率を温度変化に対する割合として表したものを熱膨張率という。これは一般に温度および圧力によって変化する。熱膨張比率を体積変化比率で表したものを体膨張率といい、次式で定義される。
ただし、Vはその物体の体積であり、Tは温度である。0℃における体積をV0として
とする場合もある。Vのかわりに物体の密度ρを使うと
とも書ける。固体においては、物体の長さLの温度変化を表す線膨張率
を用いることもある。等方性物質ではβ≈3αの関係がある。液体は固体に比べて約1桁(けた)大きい熱膨張率(絶対温度1K当り10-4くらい)をもっており、水銀やアルコールは温度計に利用されている。気体の熱膨張はさらに大きく、理想気体の体膨張率は、温度、圧力、および気体の種類によらずに、水の氷点の絶対温度の逆数に等しく、β=1/273.15(K-1)である。液体が容器に入れられている場合、その容器に相対的に示す熱膨張は見かけの膨張であり、温度変化dTに対する見かけの体積膨張をdVとしたときε=(1/V)dV/dTを見かけの膨張率といい、ε=β1-β2である。ただしβ1およびβ2はそれぞれ液体および容器材料の体膨張率である。
[平野賢一・飯島嘉明]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
一般に,物体は一定の圧力pのもとで温度を高めると膨張する.この現象を熱膨張という.物体の体積V,また固体であれば2点間の距離lの膨張は温度Tの関数として与えられる.熱膨張の割合を定める量として,
体膨張率 V0-1 (∂V/∂T)p,
線膨張率 l0-1 (∂l/∂T)p
が定義される.ここで,V0,l0 はそれぞれ0 ℃ における体積,長さを,( )p は圧力一定のもとでの微分を示す.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…熱伝導も,また,フォノンを介しての熱エネルギーの流れである。フォノンが関与する他の熱的な現象としては,熱膨張がある。温度が上昇して振動の振幅が大きくなると,原子間の相互作用ポテンシャルに変位の三次以上の項(非調和項)がきき始め,振動数は固体の膨張により少し小さくなる。…
※「熱膨張」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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