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独ソ戦 どくソせんFeldzug gegen Sowjetunion

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

独ソ戦
どくソせん
Feldzug gegen Sowjetunion

第2次世界大戦中の 1941年6月 22日~45年5月8日のドイツソ連間の戦争。 A.ヒトラーはもともとボルシェビズムの打倒をナチズムの最大のスローガンに掲げ,ソ連打倒の機会をうかがっていた。 40年秋イギリスへの上陸作戦が不可能とみるとただちに対ソ作戦 (バルバロッサ作戦) の準備にかかり,41年6月兵力 250万を投入して攻撃を開始した。ドイツは対ソ戦を半年で終了すると豪語していたが電撃戦はソ連に通用しなかった。 12月アメリカも参戦しイギリス,ソ連とともに連合国が形成され,またソ連も陣容を立直して反攻に移り,42~43年のスターリングラードの戦いでの勝利以降,戦局を転換させた。 45年4月東ヨーロッパの全土を制圧したソ連軍は5月ベルリンを占領し,ドイツは降伏した。

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大辞林 第三版の解説

どくソせん【独ソ戦】

第二次大戦におけるドイツとソ連の戦争。1941年6月ドイツのソ連攻撃により開始。43年のスターリングラードの戦いからソ連軍が攻勢に転じ、45年5月ベルリンを占領し終結。

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世界大百科事典内の独ソ戦の言及

【第2次世界大戦】より

…この戦線の拡大は対ソ戦との関係でヒトラーの意図が問題にされており,イタリアの支援と後方の確保であったという見解と,この時期ヒトラーは〈世界電撃戦〉ともいう北アフリカ・近東までの侵出を考え,その延長上に立つものという見解に分かれている。いずれにしろ独ソ戦のまえには,ドイツはヨーロッパのほとんど全土に支配を及ぼしていた。41年6月22日ドイツ軍はソ連を攻撃した。…

※「独ソ戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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