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王念孫 おうねんそんWang Nian-sun

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

王念孫
おうねんそん
Wang Nian-sun

[生]乾隆9(1744)
[没]道光12(1832)
中国,清の語学者,書誌学者。江蘇省高郵の人。字,懐祖。号,石く (せきく) 。父の安国は吏部尚書。乾隆 40 (1775) 年進士に及第,翰林院庶吉士となった。一時官を辞して故郷へ帰り,学問に励んだが,再び召されて工部主事となり治水に努力した。嘉慶 15 (1810) 年永定河が決壊した責任をとって辞職し,その後は研究と著述に専念。段玉裁孔広森らと同じく戴震の門に学び,特に語学者としてすぐれ,戴震,段玉裁および子の王引之とともに,「戴段二王」と称された。『広雅』の錯乱,誤脱を正し,声韻で字義を解した『広雅疏証』を著わし,音韻関係では古韻の 21部説を主張して,特に平声と入声との関係に鋭い考察を加えた。またその『読書雑志』は『墨子』『淮南子』『史記』『漢書』などに詳しい校勘をしたものである。そのほか多くの著作は『高郵王氏著書』『高郵王氏遺書』にほぼ収められている。

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デジタル大辞泉の解説

おう‐ねんそん〔ワウ‐〕【王念孫】

[1744~1832]中国、代の考証学者。高郵(こうゆう)(江蘇省)の人。字(あざな)は懐祖。音韻訓詁(くんこ)の学にすぐれ、古典の実証的解釈学に新生面を開いた。著「広雅疏証」「読書雑志」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

おうねんそん【王念孫 Wáng Niàn sūn】

1744‐1832
中国,清の経学者。字は懐祖,石臞(せきく)と号した。江蘇高郵の人。王引之の父。乾隆40年(1775)の進士で,永定河道の職にあって治水に尽力したが失敗し,官を退いた。言語の音声面を重視し,古書には音声の近似にもとづく仮借(かしや)つまり当て字が多く,それを見きわめることで文意が正しく読み取れることを強調した。《読書雑志》82巻はその理論の実践編である。《広雅疏証》32巻は広く読まれ,また《古韻譜》1巻など古音学の業績もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

王念孫
おうねんそん
(1744―1832)

中国、清(しん)朝中期の学者。字(あざな)は懐祖(かいそ)、号は石(せっく)、江蘇(こうそ)省高郵(こうゆう)州の人。吏部尚書であった父の安国(あんこく)(1694―1757)が京邸に戴震(たいしん)を招いて13歳の念孫に学を受けさせたことで、生涯の学問の根底が築かれた。1775年(乾隆40)の進士。陝西(せんせい)省などの監察御史を歴任したほかは、工部や都察院(とさついん)の官につき、1786年、再度の永定河(えいていが)道の任にいて永定河の氾濫(はんらん)で引責退官ののちも、高官となった子の引之(いんし)の京邸で著述に専念し、道光(どうこう)12年正月24日、89歳で卒(しゅっ)した。『広雅疏証(こうがそしょう)』8巻はその古韻(こいん)二一部説によって上古音の同音仮借の現象を解明し、段玉裁(だんぎょくさい)を感嘆せしめた。『読書雑志』82巻(1831)は、『逸周書(いつしゅうじょ)』『戦国策』以下『文選(もんぜん)』に至るまで、難読箇所の一つ一つにつきその意を解明したもので、おびただしい資料を集積して動かすべからざる帰結を導いている。清朝考証学のもっとも高い水準を示す著述である。経部の書については、子の引之(いんし)による『経義述聞(けいぎじゅつぶん)』がある。[近藤光男]

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世界大百科事典内の王念孫の言及

【皖派】より

…皖とは中国安徽省の古名で,清代に,この地に多くの学者を輩出したので,その人々を皖派と称しているが,大きくは浙西学派に含まれる。江永,戴震に源を発して段玉裁,任大椿,王念孫,王引之,さらに後の兪樾(ゆえつ),孫詒譲(そんいじよう)らに受けつがれた。この学派は懐疑的態度によって事実を確かめ,帰納的論理的に分析する方法を共通点としていることで,恵棟らの漢代訓詁を固守する呉派とは大いに異なる。…

※「王念孫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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