人間の社会的行動の理解およびその説明、あるいは予測を企図する社会科学の一部門。
[佐藤 毅]
人間の社会的行動の範囲は広範に及ぶので、その研究対象も広いが、さしあたり、その対象を個人レベル、小集団レベル、大集団レベルに分けてとらえることができる。今日、その各レベルごとにどのようなテーマが研究対象として取り上げられているかを例示してみると次のようになる。個人レベルでは、社会的認知、欲求と価値、自我とアイデンティティ、役割行動など、小集団レベルでは、小集団における各種の相互作用や群集行動など、大集団レベルでは、流言や流行、あるいは社会運動などの集合行動をあげることができる。しかし、各レベルは密接に関係しており、この区分は便宜的なものである。したがって、日本人の国民性といった研究は、各レベルに関係しており、この区分には入らないで、全体に関係するものである。また、同調行動の研究といった場合も、各レベル全体に関係するといってもよいだろう。いずれにしても、社会心理学は人間の社会的行動を広範に対象としている学問分野である。
このように社会心理学は人間の社会的行動を広範に扱うが、それゆえに、力点の置き方や方法の点で異なりを示すとはいえ、同じように人間の社会的行動をその対象としている多くの学問領域、心理学、社会学、文化人類学、言語学、地理学、宗教学あるいは歴史学などと交差する学問領域である。したがって、各学問領域間の学際的協力が望まれる分野でもある。また、社会心理学を全体としてみた場合、さまざまなアプローチがあり、大きくいって、心理過程に研究の中心を置き実験的方法を重視する実験社会心理学と臨床的方法を用いる臨床社会心理学からなる心理学的社会心理学と、社会過程に研究の重点を置き、質問紙法や観察法などによるフィールド調査や事例研究をおもに用いる社会学的社会心理学とに分かれている歴史と現状があることを付け加えておく。
[佐藤 毅]
人間の社会的行動に関する哲学的・思想史的考察は、ギリシアの昔のプラトンやアリストテレスの業績にまでさかのぼることができる。また、近代でもホッブズやアダム・スミスの人間性論をあげることもできる。しかし、今日の社会心理学の直接の基礎づけは、19世紀後半の学問的動向のなかにある。その一つは、ドイツのラツァルスとシュタインタールが提唱し、ブントによって大成された『民族心理学』(1900~20)の大著であり、また一つには、フランスのル・ボンの群集心理学や『模倣の法則』(1890)で有名になったタルドの業績である。
アメリカでも19世紀末からデューイなどにみられるように社会心理学的研究への動きがおきていたが、1908年にはE・A・ロスによる『社会心理学』が刊行された。これはアメリカにおいて社会心理学という名を冠した最初の書物となった。ロスは、タルド、ル・ボン、バジョットなどヨーロッパの学問的業績に影響を受けていた。イギリスでは、ロスが『社会心理学』を発表した同じ年に、マクドゥーガルが『社会心理学入門』を発表し、有名な本能論に基づく社会行動の説明を試みた。このマクドゥーガルで代表される本能論は、この当時、非常にポピュラーとなったが、各種の本能をもって行動の説明概念に用いることは非科学的であるとした非難が高まったこと、また行動主義心理学がおきてきたことがあって、1920年代には下火になっていく。オートメーション技術で象徴される機械制工業が発展し、相対的繁栄期にあったアメリカでは、環境や習慣を重視する心理学(行動主義心理学)が一般化してくる。しかし、この1920年代、フロイトの精神分析が通俗化していった一面も見逃せないものである。欲望や自己が正当化される風潮も生まれていた。1924年に刊行されたF・H・オールポートの『社会心理学』は、この間にあって、科学主義を推し進め、個人心理のほかに群集心理といった実在しない観念を設定することを攻撃し、自ら実験的研究を進め、その後の心理学的社会心理学の発展の道を開くことになった。行動主義の心理学は、やがて新行動主義の心理学へと転換していく。
[佐藤 毅]
他方、行動主義の影響を受けつつ、人間の内部環境としての自我の働きを重視し、社会によってつくられる自我(客我)と、それに働きかける自我(主我)との相互過程を明らかにし、社会行動主義を提唱したのが、G・H・ミードであった。『精神・自我・社会』(1931)をはじめとするミードの諸著作は、その後の役割論や準拠集団論に大きな影響を与え、また今日では、ミードの再評価の気運のなかでシンボリック相互作用論という社会学的社会心理学の流れを生み出すほどになっている。
1930年代後半に至ると、現代の社会心理学に連なる新しい研究の動きが現れる。一方で社会的認知の研究など実験社会心理学の成果が出てくるとともに、他方でソシオメトリーを提唱したモレノや、場の理論を提唱してその後のグループ・ダイナミックスという分野の先駆けをつくったK・レビンなどの業績が生まれたのであった。また、新フロイト派の精神分析や文化人類学が現れ、パーソナリティーに及ぼす「文化」の影響を強調し、社会心理学を大きく刺激するようになっていった。新フロイト派では、フロム、ホーナイ、サリバン、あるいはカーディナーなど、文化人類学では、リントン、ベネディクト、M・ミード、ゴーラーなどが活躍した。この時代、ナチズムが現れたが、そのことが、フロムの『自由からの逃走』(1941)を生み、権威主義的パーソナリティー論を提起し、また、レビンが小集団における民主的リーダーの重要性を取り上げたことの意味は大きい。
[佐藤 毅]
第二次世界大戦は、社会心理学を新たな局面に展開させる契機となったが、アメリカでは、たとえばリーダーシップと志気(モラール)の研究、世論や宣伝、あるいは大衆説得の研究、さらに国民性の研究など「人間操作」にかかわる多方面の研究を促進させた。戦後、アメリカは明確に世界の指導的位置につくことになったが、そのなかで、アドルノらによる『権威主義的パーソナリティ』(1950)は、アメリカにある権威主義の土壌を問い直す意味をもった。また、リースマンの『孤独な群衆』(1950)は、大衆社会化したアメリカ社会の行動様式としての「他人志向型」という類型を皮肉にもえぐり出し、ミルズの『ホワイト・カラー』(1951)は、同じアメリカで増大してきたホワイトカラーがいまや陽気なロボットと化していることを暴いてみせた。
1960年代、70年代と世界におけるアメリカの地位が大きくなった反面、ベトナム戦争、石油ショックなどを抱え、そこに陰りがみえてくるなかで、社会心理学が取り組むテーマも多彩となったが、同時に、方法論の反省も行われ、今日は、社会心理学の一種の転換期にきているように思われる。
[佐藤 毅]
1960年代あたりから、心理学的社会心理学の分野では、たとえば社会的認知や対人魅力の研究に関し、認知的不協和の理論、帰属理論、適合性理論などの一般化モデルの提起が行われた。しかし、70年代に入ると、早急なモデル化や一般化への反省が出てくると同時に、一部では社会心理学の再建の声も聞かれる状況にある。
他方、社会学的社会心理学の分野では、1960年代に入って、パーソンズを頂点とする構造機能主義への批判ということもあり、ポスト・パーソンズの動きが活発化し、シンボリック相互作用論、現象学的社会学、エスノメソドロジー、ラベリング理論、ラジカル社会学など多彩な学派がにぎわいをみせている。このなかで、シンボリック相互作用論は、社会学的社会心理学の中心をなす動きを示し、エリクソンやゴフマンなどの業績に刺激され、自我と役割、あるいは社会化をめぐる研究を広げてきている。また、日常性の世界への考察がみられてきていることも注目される。
[佐藤 毅]
アメリカの社会心理学のなかでは、個々の研究はあるにせよ、社会意識論という枠組みのなかでの研究はほとんどみられていない。しかし、日本では、政治意識、階級・階層意識、青年意識、あるいは家族観や結婚観、さらに政治文化や大衆文化のような対象に関する研究などが、社会意識論のなかで行われてきている。この社会意識論は、社会心理学、とくに社会学的社会心理学の重要な部門である。社会意識とは、一定の集団や社会の成員の多くが共有している意識とされ、それは自覚的、体系的な観念であるイデオロギーと、自然発生的、日常的な意識である社会心理からなり、そのいわば「土台」には一定の経済・社会構造があるとされている。しかも、このような社会意識は、土台に対して相対的独自性をもち、人々の社会的行動に大きな影響を与えているがゆえに、重要な位置をもつものとされている。このような社会意識論を社会心理学の重要な部門として位置づけていくことが、今後の社会心理学の一つの課題でもある。
[佐藤 毅]
『清水幾太郎著『社会心理学』(1951・岩波書店)』▽『佐藤毅編『社会心理学』(1971・有斐閣)』▽『見田宗介著『現代社会の社会意識』(1979・弘文堂)』▽『末永俊郎・池内一・水原泰介編『講座社会心理学』全3巻(1977~78・東京大学出版会)』▽『南博著『人間行動学』(1980・岩波書店)』
社会的諸条件の下におかれた人間の心理や行動を,それらの条件に根ざす諸要因と関連づけて理解し,説明しようとする社会科学の一部門。ただし,ここでいう社会的諸条件とは,他の人間,集団,集合(群集,聴衆など),社会過程,制度,社会構造,文化等を含むものである。社会心理学は,実際には心理学と社会諸科学の境界科学という性格が強く,その立場によって関心の焦点やアプローチの方法にもかなりの差がある。大別すると,社会的因子を重視しつつ個人の心理や行動の理解をめざす心理学的な社会心理学の立場,および社会構造やその変動の心理的諸帰結,もしくは集合行動や集合的心理現象それ自体に関心を示す社会学的な社会心理学の立場が区別されよう。社会的知覚,態度,パーソナリティ(性格)などが前者の代表的な研究対象であるとすれば後者のそれは社会意識,集合行動,社会運動などであろう。なお両者の接点に位置する対象として相互作用やリーダーシップの現象があり,双方からのアプローチがなされている。
人間の社会性についての議論は哲学の歴史とともに古く,プラトンやアリストテレスにまでさかのぼることができる。しかし社会心理学の成立に直接にかかわりをもつのは,近代以降の諸思想である。イギリスではJ.ベンサムやH.スペンサーらの功利主義説が,快楽の追求と苦痛の回避をもって人間のいっさいの動機の源とする見方を打ち出し,フランスでは19世紀末G.ル・ボンやJ.G.タルドが暗示や模倣をもって社会現象を説明する見地を展開する。他方É.デュルケームは,社会学的立場から,個人意識とは区別された平面で集合表象を重視し,それをもって宗教,道徳などの研究に進んでいる。ドイツでは,W.M.ブントらがさまざまな社会,国家の特有の精神的特徴に注目し,民族心理学を提唱した。なお,これとは流れを異にするが,E.トレルチやM.ウェーバーによる宗教や実践倫理(エートス)の考察も,後世の社会意識の研究に大きな影響を与えるものとなった。
20世紀のアメリカでは,経験的方法の土台の上で心理学的傾向の強い研究が隆盛をみる。その先駆としては,コミュニケーションや相互作用を重視して自我の形成を論じたC.H.クーリーやG.H.ミード,ポーランドからの移民の実証研究にもとづいて価値,態度(ことに状況規定)と社会行動とのかかわりに照明をあてたトマスW.I.ThomasとF.ズナニエツキらがあげられる。また本能論衰退後に盛んになる行動主義の説は,実験的研究を促進するほか,行動に及ぼされる後天的な習慣や環境要因の重要性に注意を喚起した。1930年代以降は,実験的手法を用いての社会行動や集団内行動の心理的諸過程の研究がすすめられ,シェリフM.Scherifの社会的知覚,J.L.モレノのソシオメトリー,のちのグループ・ダイナミクスにつながるK.レウィンの集団行動の研究などが新生面をひらく。また,S.フロイトおよび新フロイト派の深層心理学が導入され,偏見,権威主義的性格,社会運動などの研究に適用されて成果をあげたことも特筆される。
第2次大戦後から今日にかけては社会心理学の研究はいちじるしく拡大され,豊富化し,方法的にも厳密化と多様化が進んでいる。これを主題ごとに概観する。
(1)パーソナリティと社会的性格の研究 〈文化とパーソナリティ〉という視野の下での国民的性格,基本的パーソナリティなどの研究,またE.フロム,T.W.アドルノらによって推進された権威主義的性格の研究などがあげられる。〈他人志向型〉性格の提唱で知られるD.リースマンの大衆社会のパーソナリティの考察や,アイデンティティの危機を発達過程や社会的・歴史的経験と関連づけて追究しているE.H.エリクソンの業績なども重要である。
(2)個人の行動や集団内行動の研究 実験的方法とデータの数量的処理によってとくに多くの研究が蓄積されている分野であり,認知やモティベーション(動機づけ)の研究,態度論,集団規範などの研究がそれである。なかでも,認知要素間の不協和から認知構造の変容を説明しようとしたL.フェスティンガー,認知の不均衡から対人関係の変化を説明したハイダーF.Heiderなどの試みが注目され,またニューカムT.M.Newcomb,カートライトD.P.Cartwright,ザンダーF.Sanderらによる集団規範の機能や形成についての研究も,その後の研究の発展の基礎をなした。
(3)コミュニケーションと態度変容の研究 この方面の古典としてはラザースフェルドP.F.Lazarsfeldらのコミュニケーション過程の研究があるが,戦後は,ホブランドC.I.Hovlandらによってコミュニケーションの内容,様式,信憑性とこれに接する個人の態度との関係が精力的に追究されてきた。これは受け手の態度の研究と結びついたものであり,態度変容の研究にも種々の刺激を与えた。また別の系統の研究動向としては,象徴を用いての相互作用の固有の意義をあらためて問い直すブルーマーH.G.Blumerらの試みがあり,自我論や相互作用論への新たな視角として注目されている。
(4)集合行動や社会意識の研究 社会構造とその矛盾,変動などに関心をもつ社会学と,社会心理学とのいわば接点で展開されてきた諸研究である。たとえば社会構造と逸脱行動の関連を明らかにしたR.K.マートンのアノミー論,集合行動を一連の価値付加過程として定式化したスメルサーN.J.Smelserの理論などがあげられる。また,一般に社会意識の名称でよばれる階級・階層意識,政治意識,労働意識などの実証研究もここに加えることができる。
以上の多様な研究を通してうかがえるのは,一個のディシプリン(個別科学)としての社会心理学の存在よりは,むしろ扱われるべき社会心理学的問題群の豊富さと重要性であろう。これらに対し種々多様なアプローチがとられているのが実情であるが,方法的につきつめると分析の単位を個人に置くか,関係や集団のレベルに置くかといった点の立場の相違がある。また,実験的に要因を統制した心理学的なアプローチと,歴史的・社会的諸条件のなかで問題を扱う社会学的なアプローチの相違も大きく,それらの間に架橋することは必ずしも容易ではない。
→社会学 →心理学
執筆者:宮島 喬
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