改訂新版 世界大百科事典 「申告納税」の意味・わかりやすい解説
申告納税 (しんこくのうぜい)
租税の課税標準(課税物件を金額または数量で表した数値)および納付すべき税額を算定するには,課税の対象となる事実を認識することに始まって,租税法律に従って複雑な計算を要することが少なくない。このように,租税法律に定められた事実の存在によって抽象的に成立している納税義務について,税額を具体的に認識するための手続を租税確定手続と呼んでいる。もちろん,租税の中でも,課税標準や税額を容易に認識することができるものに関しては,納税義務の成立と同時に,なんら特別の手続を要することなく納付すべき税額が確定するとされる。このような租税は,〈自動確定〉の租税と呼ばれている。予定納税による所得税,印紙納付による印紙税,登録免許税などは,自動確定の租税である。源泉徴収による所得税も自動確定として扱われているが,主たる給与についての源泉徴収の場合には,源泉徴収義務者が税額を認識するまでの過程は,自動確定とはいえないほどに複雑である。
納付すべき税額の確定に特別の手続を必要とする租税は,さらに,その方式により2種に大別される。すなわち,申告納税方式(地方税では申告納付という)と賦課課税方式(地方税では普通徴収という)である。これらの2種の方式の違いは,税額の確定を第一次的に行うのが,納税者であるのか,租税行政庁(たとえば,税務署長)であるのかの違いである。申告納税方式とは,納税者のなす申告(これを〈納税申告〉という。所得税,法人税,相続税の確定申告が典型である)によって税額が確定することを原則とし(しかも申告税額を納付しなければならない),租税行政庁は,所定の期限までに申告のない場合,申告の内容につき,法律に従っていなかったり事実を正しく反映していないことなどが認められる場合に,補充的に確定をするにすぎないという方式である。この租税行政庁のなす確定は,課税処分と総称されるが,無申告の場合には決定,申告が適正でない場合のものは更正と呼ばれるところから,〈更正・決定〉といわれる。更正・決定は納税申告に対して補充的なものである。
これに対して,賦課課税方式では,もっぱら租税行政庁の処分(賦課決定)により税額が確定される。この場合にも,租税によっては,納税者が課税標準申告の義務を負うことがあるが,それは行政庁が課税処分を行うための参考資料にとどまる。第2次大戦前の日本においては,例外的な場合を除いて賦課課税方式がとられていたが,1945年に法人税の一部に申告納税方式が導入され,その後しだいに一般化し,47年には,所得税(源泉徴収によるものを除く),法人税,相続税という主要税目に採用された。相次ぐ申告納税方式の採用は,税務職員の人手不足を納税者の自発的協力で解決するという目的をもっていたといわれる。シャウプ勧告(1949,50)も,申告納税方式の推進を勧告し,法人税および所得税(事業関係の所得に限る)に関する申告納税を促進するため,50年から青色申告制度が設けられた。62年には,関税以外の間接国税についても申告納税方式が採用された。ただし,地方税の個人住民税,個人事業税,固定資産税などは,今日でも賦課課税方式(普通徴収方式)である。
申告納税方式は,しばしば民主的な課税方式であるといわれる。日本がアメリカにおけるself-assessment(〈自己賦課〉とか〈自己査定〉と訳すことがある)方式を導入したのも,この方式の民主性に着目したものであるといわれる。申告納税方式は,納税者の自発性を尊重する制度であるので,税務職員が納税者の生活領域に調査の目的で介入することが少ないといえる。また,納税申告を通じて,納税者が租税の行方や,さらには政治のあり方に関心をいだくようになる。換言すれば,政治教育の効果を有するという見方もある。しかし,このような見方があるからといって,イギリスやドイツなどの諸国が賦課課税方式をとっていることが,逆に,非民主的租税制度を採用しているものであると断定することはできない。運用のしかたによっては,賦課課税方式を限りなく申告納税方式に近づけることができるからである。
申告納税制度をどのように定着させるかということは,日本の租税制度あるいは租税行政が追求してきた重要課題である。その一つの方策は,所得税および法人税について青色申告制度を採用して,記帳を促進したことである。これは,青色申告者に対して税制上の特典を認めるという誘導策とリンクするものであった。次に,無申告や過少申告の納税者に対しては,加算税(地方税では加算金という)が課される。一種の制裁であるといってよいが,これが存在することによって,納税者が適正な申告を行うようになることが期待されている。
ところで,従来は,所得税や法人税について,帳簿書類の備付けなどを納税者に義務づけるという制度は,一般的には存在しなかったのであり,青色申告制度も,納税者の任意によるものである。このため,青色申告者以外の納税者については,記録が不十分で申告内容が適正であるかどうかを判断することが困難であるばかりでなく,推計課税という間接的な方法で所得金額を把握せざるをえないことも多かった。そこで,1984年の所得税法および法人税法の一部改正により,次のように帳簿書類の備付け等が義務づけられた。すなわち,個人については,不動産所得,事業所得,山林所得を生ずる業務を行う者のうち,前々年分の上記種類の所得の金額が前年の12月31日までにおいて300万円を超えていると確定されているか,前年分の上記種類の所得の金額がその年の3月31日までにおいて300万円を超えていると確定されている者に,帳簿書類を備え付け,総収入金額および必要経費に関する事項を簡易な方法で記録し,保存することを義務づけた。また,資料等も保存すべきものとされた。法人については,所得金額の基準なしに,一般的に同様の義務づけがなされた。このように,申告納税制度は,納税者の負担を伴うことも忘れてはならない。
申告納税制度が機能するためには,租税法が納税者にとって理解しやすいものでなければならないが,税制は,むしろ複雑化する傾向にある。一見すると簡単なようにみえる相続税についても,相続財産の評価となると容易ではない。そこで,租税についての専門家である税理士が必要とされる。税理士制度は,複雑な税制の下で申告納税制度を維持するためには不可欠であるといってよい。しかし,そのことは,納税者にとっては,本来の租税の負担以外に,申告に関連する費用が増大することを意味している。
→確定申告
執筆者:碓井 光明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報