改訂新版 世界大百科事典 「男色物」の意味・わかりやすい解説
男色物 (なんしょくもの)
狭義には,江戸初期の仮名草子やそれを受けた浮世草子好色物(好色本)の一型を指す。広義には,時間と空間を問わず,また文学上のジャンルにとらわれず男色を扱った文学の総称である。もともと日本にはなく大陸からの渡来者,とりわけ仏教者の風俗が浸透したというのは俗説にすぎない。ただし〈男色は弘法に始まる〉といわれるごとく,日中交流の盛んであった奈良時代に入唐僧によって唐からもたらされた男色は,一種の先進風俗として迎えられ,記紀をはじめとして《万葉集》《古今和歌集》《伊勢物語》《今昔物語集》《古今著聞集》などにうかがうことができるが,断片的なものが多い。また,平安時代末となると,公家の日記《台記》《玉葉》などにも,その記事が散見する。鎌倉から室町時代以降になると,どちらかといえば公家僧房に限定されていた男色が新興武士階級にも広がって,正面から男色を文学のテーマとして取りあげるようになる。《秋夜長物語》《あしひき》《嵯峨物語》《鳥辺山物語》《弁の草紙》など従来の中世物語の形式に,仏道とからんだ形で稚児との性愛=男色が織り込まれた物語が流行し,文字どおりジャンルとして稚児物語が成立した。稚児愛の経済的有効性から,田楽等の芸能者集団は花形としての稚児を抱え,稚児の人気が集団の人気を左右するようになった。能や幸若でも同様で,作品からいっても《鞍馬天狗》《花月》《谷行》など,テーマ自体すでにかなり濃厚な男色=稚児愛の風が見られる。下って江戸時代になると,一般庶民の間にまで広まり,女色と五分に対応するまでに盛行し,いろいろな形で(知的に男色を論じ男色を賛美するもの,男色の技術を解説するもの等々)男色を扱った書物が相次いで刊行されるようになった。
仮名草子には,男色女色優劣論をテーマにした《田夫物語》,実話を素材にした《藻屑物語》,稚児若衆に衆道の心得を説く《心友記》《催情記(さいせいき)》《よだれかけ》《犬つれづれ》などがある。また文学そのものとはいえないが,田楽,能楽等の伝統を受けついで少年俳優を売物にすることによって男色を広める一翼を担った歌舞伎の世界では,遊女評判記に倣って《野郎虫》《剝野老(むきところ)》《赤烏帽子》などの野郎評判記が刊行され,のちには《三の朝》なる男色細見というべきものまで発行された。1687年(貞享4)に刊行された西鶴の《男色大鑑》は,前半4巻には武士僧侶間に盛行した念友関係,その緊張感から生まれる意気地,義理の葛藤,その涯(はて)は敵討や決闘に至るという血なまぐさい男色譚を収め,さらに,金銭を媒介とするという意味で職業的な少年俳優との同性愛譚を集めた後半4巻で成り立っている。浮世草子男色物の決定版といわれる。以後はこれら2種のテーマを扱う長編の続き物《男色木芽漬(きのめつけ)》《男色比翼鳥》《男色義理物語》《好色江戸紫》《好色俗むらさき》,断章集である端物《男色子鑑》《色の染衣(そめぎぬ)》などの浮世草子が次々と刊行された。
執筆者:松田 修
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報