皮膚あるいは一部の粘膜からおこり,“かきたい”という欲求を催す不快な感覚。瘙痒感(そうようかん)ともいう。
かゆみのあるとき,刺激がどこに加わったのかはっきりしないことが多い。また刺激が去った後にも,かゆみは長く残る。これらの特徴は,皮膚のやけつく痛みとよく似ている。機械的刺激とか,皮内に刺入した電極を通じて電気刺激を加えてみると,かゆみをおこす部位は皮膚上に点状に分布していて,痒点itchy pointと呼ばれる。それは痛みにおける痛点pain spotに類似している。局所麻酔薬を末梢神経の近くに注射してやると,最も細い繊維がまず麻酔され,次いでしだいにより太い繊維が麻酔されていく。このとき,やけつく痛みとかゆみが他のすべての感覚に先んじて消える。一方,末梢神経を圧迫すると,神経繊維の興奮がしだいに伝導しなくなる。この障害は神経繊維が太いほど早くおこる。このとき,やけつく痛みとかゆみは他のすべての感覚がなくなってもまだ残る。体の部位によって異なるが,痒点に電気刺激を加えてからかゆみがおこるのに1~3秒の時間を要する。これも,やけつく痛みの場合と同様,最も細い末梢神経繊維で約1μの直径をもち,0.5~2.0m/sの速さで興奮を伝える無髄のC繊維がかゆみを伝えるのに関与していると考えるとうまく説明できる。痛みの場合,その原因,たとえば損傷のある皮膚のまわりが過敏になっていて,正常なら痛みをおこさないような弱い刺激によっても痛みがおこるが,かゆみもこれと同様で,かゆみの原因となる刺激が加わった皮膚のまわりはかゆみに敏感になっている。末梢神経に含まれる最も細い有髄繊維であるAδ繊維やそれよりもさらに細い無髄のC繊維がなくて,生まれつき痛みを感ずることができない先天性無痛症の患者はかゆみも感じない。また脊髄の前側索を切断すると,切断部位よりも下部にある反対側脊髄とつながっている皮膚の領域の痛みがなくなるが,このときかゆみもなくなる。以上のように,かゆみは痛みと多くの共通点をもっているので,かゆみは痛み,とくにやけつく痛みの弱いものであるとする考えが古くからあった。しかし,さらによく調べてみると,かゆみがつねに痛みと似ているわけではない。かゆみは皮膚と眼瞼結膜および鼻粘膜からしかおこらないが,痛みは他の粘膜,たとえば口腔粘膜などからもおこる。かゆみは皮膚の表層部からしかおこらないので表面近くにある上皮層を取り去るとなくなってしまう。ところが痛みはより深い層からもおこるので上皮層を取り去るとむしろ過敏になる。痒点の電気刺激の強さを一定にして,その繰返しの頻度を上げていくとかゆみがしだいに強まってくる。しかし,痛みがおこることはない。鎮痛薬のモルヒネは痛みを取り除くが,かゆみはむしろ強まる。41℃の湯につけるとかゆみはたちどころになくなるが,痛みはいっそう強まる。かゆみは刺激を取り除くのに役立つひっかき反射を誘発するが,痛みは刺激を避けるように関節を曲げる屈曲反射をおこす。これらの相違点を考慮に入れて,最近ではかゆみを他の感覚,とくに痛みから独立した別個の感覚とみる考えが有力である。
かゆみを伝える末梢神経繊維はC繊維であるが,この繊維の末梢における終末部は神経繊維が裸になった自由終末で,これがかゆみの刺激を受け入れてC繊維の興奮をおこす受容器となっている。この受容器は物理的刺激にも反応するが,化学物質がこの受容器に作用したためにかゆみがおこることが多い。
かゆみはしばしば皮膚病の症状としておこる。しかし,皮膚に異常がないのにおこる生理的かゆみもある。暖房によって空気が乾燥すると,皮膚の表面にある角質層が水分を失ってかゆみをおこす。乾燥した冷たい風にさらされたときのかゆみも同様にしておこる。また逆に温度が非常に高くて水分の蒸発が妨げられると,汗がたまるのでかゆくなる。髪の毛,ガラス繊維,サボテンのとげなどが皮膚に付着してもかゆい。カイチュウの駆除薬として古くから西洋で使われてきた瘙痒散mucuna pruriensはその名のとおり激しいかゆみをおこす。この薬にはタンパク質分解酵素の一つであるムカナインが含まれていて,痒点を刺激するためである。かゆくなる皮膚の病気には皮膚瘙痒症のほかに,以下のようなものがある。疥癬(かいせん)も激しいかゆみをおこすが,このかゆみは夜とくに強くなって安眠を妨げる。皮膚に原因のあるかゆみは,その上皮層あるいはそれよりも深い真皮層外層部がおかされたときにみられる。湿疹では上皮層がおかされ,蕁麻疹(じんましん)のときには真皮層外層部に異常がある。これらの皮膚病によるかゆみは,いずれもかゆみをおこす発痒物質が作られたために生ずる。蕁麻疹はアレルギー性疾患で,体に入ったアレルゲンつまり抗体が血液中の抗体と反応してヒスタミンを遊離するためにおこる。ヒスタミンは体の中で作られる強力な発痒物質である。ある種の全身疾患では皮膚に病変がなくてもかゆみがおこる。たとえば,肝臓から分泌された胆汁を十二指腸へ送る胆管が障害されておこる閉塞性黄疸の患者は激しいかゆみに悩まされる。このときのかゆみは胆汁の主要成分である胆汁酸が血液の中にたまったためのもので,イオン交換樹脂を内服して血液の胆汁酸濃度を下げてやると楽になる。糖尿病の患者もしばしば外陰部にかゆみを訴える。妊婦の中にもかゆみを訴える人がある。このかゆみは通常,妊娠の末期に現れ,分娩後すみやかに消失する。原因はよくわかっていないが,女性ホルモンが関与していると思われる。このかゆみを経験した女性が,経口避妊薬を内服すると黄疸とかゆみが現れるといわれている。神経系の病気によってかゆみがおこることはきわめてまれであるが,心理的要因によってかゆみがおこる人は必ずしも珍しくない。
執筆者:横田 敏勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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